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第44話
引っ越しも間近になり、久しぶりに、足を運ぶ回数の減った一哉さんのお店に1人で向かう。
不破に会いに行っていた要素が大きかったが、一哉さんのこともあのお店のことも好きなのは事実だから、引っ越す前に挨拶したかった。
20時過ぎ、繁華街を歩いた。
今までは、今日は不破にどうやってお願いしよう、ということばかり考えて歩いていた道だ。最近のことなのに、懐かしく思う。
一哉さんのお店の立つ通りが見えてきたときだった。
「──夏葉?」
向こうから歩いてきた2人組に声をかけられる。
顔を上げて驚いた。
「やっぱ夏葉だ! えー、偶然! 何してるの?」
「夏葉、1人なの? こんな時間に危なくない?」
日和と千尋くんが対照的な表情を浮かべて駆け寄ってくる。
「今からどこ行くところ? 1人? 私たち2軒目行くところなんだけど、夏葉も一緒にどう??」
日和は質問に質問を重ねて、私の手を取り嬉しそうに笑う。千尋くんは千尋くんで「1人は危ないでしょ」と繰り返すので、つい笑ってしまった。
純粋に何だか楽しいと思うのは、いつ以来だろう。
「私はお気に入りのお店に行くところ。良かったら一緒に行かない?」
恋人に挟まれても楽しめるなんて、嘘みたいだ。
一哉さんのお店に入ると、一哉さんはあっと顔を輝かせた後、私と日和を交互に見て戸惑った。
「双子の姉と、その婚約者です」
「へえ。双子。すごい似てるねー」
「似ていますか?」
「似てるよ、2人して可愛いね」
一哉さんは珍しいことを言って微笑む。
テーブル席を目指しながら、日和は私に顔を寄せてはしゃいだ。
「あの人、もしかして夏葉の好きな人?」
「一哉さん? いえ、違うわ」
「ええー。でも、絶対そうじゃない? 大学に行くかバイトするかのどっちかしかない夏葉が、こんなおしゃれなお店に通うなんてさ、好きだからしかないでしょ」
「でも違うわ」
日和はつまらなさそうに口を尖らせ、千尋くんに「違うって言ってるんだから」と注意されている。
テーブルを挟んで、日和と千尋くんと向かい合う形で座る。それぞれがオーダーを済ませると、日和は物珍しそうにメニューを眺め始めた。
その隣で、千尋くんは真剣な顔をする。
「夏葉、1人だと夜道は危ないからね」
「そうね。気を付ける」
「気を付ける気ないでしょ? 今夜が初めてじゃないんだもんね」
「これまで問題は起きなかったわ」
「結果論だろ、それは。危ないことを考える人は多いんだから、夜ふらふら出歩いたらだめだよ」
「……わかってる」
淡々としながらうるさい千尋くんの注意を聞き流せば、日和はおかしそうに笑った。
「千尋うるさいよねえ。うちのお父さんにめちゃくちゃ似てる」
「私でこれなら日和はもっと大変ね」
「大変だよ。でも正論だから、反論できないの」
「2人が悪いんだろ。2人してしっかりしてないんだから、とにかく心配なんだよ」
「それは夏葉だよ」「それは日和でしょう」
「2人してって言ってるだろ、もう!」
千尋くんは疲れた様子で頭を抱えた。
お酒が運ばれてくる。2人はお酒の、私はノンアルカクテルの入ったグラスをぶつけて、乾杯する。
「あー、美味しい!」
「美味しいね。夏葉いいところ知ってんだなあ」
2人の笑顔を前に他人事のように思う。
前ほど苦しくない。
それよりも、意識がカウンター席に向いている。不破のいない席を視界の端にとらえている。この変化は不破が生んだのだろうか、なんて、思考の中にも不破を見つける。
日和は私と千尋くんを交互に見てにこにこと笑った。
「3人で会うの久しぶりだよね。高校以来?」
「そうね」
「春からは家族になるんだからさ、もっともっと集まれるといいよね」
幸せそうな笑顔が2つ。そういえば春からは家族なのか、と今さら湧き上がる実感に、棘のような影のような何かはもうない。
私は千尋くんを見つめた。
「日和をよろしくお願いします」
千尋くんはいつかの夢に見たような顔で笑った。
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