16

第44話


引っ越しも間近になり、久しぶりに、足を運ぶ回数の減った一哉さんのお店に1人で向かう。


不破に会いに行っていた要素が大きかったが、一哉さんのこともあのお店のことも好きなのは事実だから、引っ越す前に挨拶したかった。



20時過ぎ、繁華街を歩いた。


今までは、今日は不破にどうやってお願いしよう、ということばかり考えて歩いていた道だ。最近のことなのに、懐かしく思う。



一哉さんのお店の立つ通りが見えてきたときだった。



「──夏葉?」



向こうから歩いてきた2人組に声をかけられる。


顔を上げて驚いた。



「やっぱ夏葉だ! えー、偶然! 何してるの?」

「夏葉、1人なの? こんな時間に危なくない?」



日和と千尋くんが対照的な表情を浮かべて駆け寄ってくる。



「今からどこ行くところ? 1人? 私たち2軒目行くところなんだけど、夏葉も一緒にどう??」



日和は質問に質問を重ねて、私の手を取り嬉しそうに笑う。千尋くんは千尋くんで「1人は危ないでしょ」と繰り返すので、つい笑ってしまった。


純粋に何だか楽しいと思うのは、いつ以来だろう。



「私はお気に入りのお店に行くところ。良かったら一緒に行かない?」



恋人に挟まれても楽しめるなんて、嘘みたいだ。


一哉さんのお店に入ると、一哉さんはあっと顔を輝かせた後、私と日和を交互に見て戸惑った。



「双子の姉と、その婚約者です」

「へえ。双子。すごい似てるねー」

「似ていますか?」

「似てるよ、2人して可愛いね」



一哉さんは珍しいことを言って微笑む。


テーブル席を目指しながら、日和は私に顔を寄せてはしゃいだ。



「あの人、もしかして夏葉の好きな人?」

「一哉さん? いえ、違うわ」

「ええー。でも、絶対そうじゃない? 大学に行くかバイトするかのどっちかしかない夏葉が、こんなおしゃれなお店に通うなんてさ、好きだからしかないでしょ」

「でも違うわ」



日和はつまらなさそうに口を尖らせ、千尋くんに「違うって言ってるんだから」と注意されている。



テーブルを挟んで、日和と千尋くんと向かい合う形で座る。それぞれがオーダーを済ませると、日和は物珍しそうにメニューを眺め始めた。


その隣で、千尋くんは真剣な顔をする。



「夏葉、1人だと夜道は危ないからね」

「そうね。気を付ける」

「気を付ける気ないでしょ? 今夜が初めてじゃないんだもんね」

「これまで問題は起きなかったわ」

「結果論だろ、それは。危ないことを考える人は多いんだから、夜ふらふら出歩いたらだめだよ」

「……わかってる」



淡々としながらうるさい千尋くんの注意を聞き流せば、日和はおかしそうに笑った。



「千尋うるさいよねえ。うちのお父さんにめちゃくちゃ似てる」

「私でこれなら日和はもっと大変ね」

「大変だよ。でも正論だから、反論できないの」

「2人が悪いんだろ。2人してしっかりしてないんだから、とにかく心配なんだよ」

「それは夏葉だよ」「それは日和でしょう」

「2人してって言ってるだろ、もう!」



千尋くんは疲れた様子で頭を抱えた。


お酒が運ばれてくる。2人はお酒の、私はノンアルカクテルの入ったグラスをぶつけて、乾杯する。



「あー、美味しい!」

「美味しいね。夏葉いいところ知ってんだなあ」



2人の笑顔を前に他人事のように思う。


前ほど苦しくない。



それよりも、意識がカウンター席に向いている。不破のいない席を視界の端にとらえている。この変化は不破が生んだのだろうか、なんて、思考の中にも不破を見つける。



日和は私と千尋くんを交互に見てにこにこと笑った。



「3人で会うの久しぶりだよね。高校以来?」

「そうね」

「春からは家族になるんだからさ、もっともっと集まれるといいよね」



幸せそうな笑顔が2つ。そういえば春からは家族なのか、と今さら湧き上がる実感に、棘のような影のような何かはもうない。


私は千尋くんを見つめた。



「日和をよろしくお願いします」



千尋くんはいつかの夢に見たような顔で笑った。




    

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る