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第43話


もたれかかれば最後、どこまでも沈んでいく。


その感覚を与えるのは包容力ではない。大きな器ではない。わかっている。わかっていて、力を抜きたくなる。窒息するならここがいいと思わせる。



不破の腕の中で、考える。あさみさんは不破にどんなものを見たんだろう。



心の在りかの掴めない不破という男は、なんだかんだと優しいのか、別に優しくないのかわからないが、あれ以降、2月中に3度やって来た。


最初は私の家に突撃し、2度目は不破の豪邸に呼ばれて、3度目は私の家に来たかと思うと一哉さんのお店に向かい、ホテルに宿泊した。



わかったことなんてこれまで一度もなかったとは言え、不破の言動の動機や真意がわからない。ここは暖かいと安心していれば、その場所にはさらに奥があることに気付く、というのを繰り返しているようなもので、全体像が見えずそら恐ろしい。



なんでこんなに良くしてくれるんだろう。


好意は感じないのに優しい。いや、優しくないのかもしれない。冷たくない。そっけなくない。でも好意は感じない。ぱっと現れてぱっと消える。掴めない。ただ残像を追っている。でも鼓動を感じる。


不破はよくわからない。



ただ、一度、わかった気になった夜があった。3月に入ってすぐの頃だった。


木曜日の夜、というか、日付を跨いで深夜1時半を指していた。前触れもなく不破から連絡が入る。



【寝てる?】



開かない目をなんとか開き「今起きた」と返事をすれば、再びメッセージが届いた。



【家行く】



へえ、これから来るんだ、なんて漠然と思ったのは覚えているが、すぐに眠りに落ちたみたいだ。


どのくらい経ったのか、がさがさという物音に次いで左側に冷たさを感じ、意識が目覚める。冷たい何かに抱きしめられる感覚。私を抱きしめるとすれば不破くらいだし、寝ぼけた頭も、不破がこれから来るということを覚えていた。


目を半分開く。暗闇にぼんやりと浮かび上がる人影は不破だと、体格や匂いや気配の全てが語っている。



不破はそのまま寝ようとしていたみたいだが、私が半分起きたことを知ると、不意に首筋に顔を埋めた。不破の指が頬や耳に触れ、寝ぼけた頭がわけもわからずその先を連想し、眠気に打ち負かされた。



「な、に……」



拒むように不破を押せば、不破はその手を取って口付ける。



「──疲れた。癒して」



囁くような声がはっきりと聞こえた。目が覚めた。癒す方法なんて知らない。癒し系と称されたことも「癒された」と微笑まれたこともない。


日和なら知っているのかな。そう思いながら、手を伸ばした。不破を抱きしめる。スウェットの裾を捲り上げる手が止まって、首元に落ちるキスが止んだ。



「何かあったの?」

「……ない」

「そう」



不破の頭を抱えたまま目を閉じる。


不破はされるがまま、私を嘲ることもからかうこともなく、ただじっとしていて、ふと諦めたように隣に寝転がった。不破の冷えた体が次第に暖まっていって、静かな鼓動の音に眠気を誘われて、私は何かとても幸せな夢の中へと沈んでいった。



朝目が覚めると不破はいなかった。深夜に交わされた「これから家に行く」というメッセージは残っていて、不破を抱きしめたのが夢だったのか現実だったのか、判断がつかない。


仰向けになり、ぼーっと自分の両手を眺めた。


すぐ近くに不破がいた。過去最高に不破の本質に近付けた気がした。あの、人に触れた感触以上の感覚が夢だったならば、惜しい。私はもう一度不破を抱きしめたいと思った。



    

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