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第40話
不破はお風呂に入るよう言って、それから自分も入って、一緒にベッドに入った。
何もすることなく抱きしめるから「しないの?」と聞けば「昨日したからいい」と答えた。
「おやすみ」
胸元に顔を引き寄せ、私に鼓動の音を聞かせる。
「……おやすみ」
そういうことをしないならば、不破は今夜何のために来たのだろう。私は「帰れ」と言うか、数年ぶりに泣き出すかの2つしかしていないというのに。
不破は、玄関扉をそうしたように無理やりどこかを押し開いて、誰にも触れられたことのないところを踏み抜いて、ぎゅっと握りしめていたものを溶かした。おかげで、持て余していた波が涙になった。涙を流せば力が抜けた。人の気配と体温に慰められて、今ベッドの中で心地良い眠気を感じれば、
──こういうとき、1人でゆっくり寝れたことある?
不破は、私を泣かせ、慰め、寝かせるために来てくれたのだろうかと、千尋くんの跡の残る胸に優しいものが芽生える。
その夜、夢を見た。夢の中で私は千尋くんに「ばいばい」と言った。千尋くんは「ばいばい」と返して、2人で一緒に笑う、前後の不明な短い夢だった。ネガティブな感情はない。ああ、これで良かった、と夢の中で胸を撫で下ろす。
朝方、髪に触れられる感覚に目を覚ます。
「──起きた?」
小さな声と肌寒さに、ぼやけた視界が少しずつはっきりしてくる。
不破は、ベッドの横にしゃがみ込んでいる。私の大きめのスウェットではなく私服を着ていて、私の髪に触れる手はひんやりと冷たい。
「おはよ」
「……おはよう」
「悪いけど、俺出るから鍵だけかけて」
「…え、もう」
体を起こしながら「もう出るの?」と言いかけて、すぐに「わかった」に切り替えた。ベッドから足を下ろし、立ち上がる。遅れて立ち上がった不破は、私の背中を引き寄せた。
「……なに、」
「次までに鍵ちょうだい。スペアあるだろ?」
「あるけど……ここに住むの3月までよ?」
「だいたい2ヶ月だろ。5回は来れる」
雑な計算をして、不破は体を離した。
不破について玄関に行く。広い背中を見ていたら、腕を伸ばして抱きつきたいと思っていることに気付いて、まだ寝ぼけているのかと目を逸らした。
不破が靴を履いている間に、シューズボックスの上にある鍵置きからスペアキーを取って、振り返った不破に手渡した。不破はそれを受け取ると、下を向いている私の顎を掴んで強制的に目を合わせさせた。
「お、腫れてねえ」
良かったねと、おどけるような口調。
「なんかしてほしいことは?」
「……ないわ」
「あそ」
不破は手を離し「ばいばい」と冗談っぽく言って、背中を向けた。それから玄関を開き、薄暗い外の世界へ一歩踏み出す。
「またね」
不破の背中を見つめていれば勝手に出ていった言葉は、不破の言葉の反復ではなかった。
不破は首だけで振り返って、何も言わずに歩き出す。扉が閉まった。靴音が遠のいていく。少し肌寒くなった。ひとつ暗くなった。そんな阿呆な錯覚を遮るように、鍵をかける。
ベッドに戻った。不破の匂いを感じて、寝付けない。
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