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第37話


家に帰ると、電池が切れたみたいにぐったりとソファーに沈んだ。


今日もボロを出さなかった。褒められるのはそのひとつに過ぎなくて、自己嫌悪の沼の中、息を潜める。



なんで心はまだ動くのだろう。なんでまだ、跳ねる方にも落ちる方にも振れるのだろう。無性に疲れて、何に疲れているのかもわからなくて、意識を持っていく場所に悩む。



ただ息をする。


何も感じたくない。何を感じているのか知りたくない。だからただ息をする。



ピンポーン……。



間抜けなインターホンの音。無理やり現実に引っ張り戻されて、不快だ。


体を起こした。配達を頼んでいたっけ、なんて考えながら、インターホンに近付く。



「はい」

「開けて」



雑な言葉を投げられて、もしくはその声にだろうか、ふわふわと浮ついていた意識がクリアになる感覚があった。


インターホンの画面に焦点が合う。四角い枠に収まるのは、図体の大きな男。



「……はい」



集合玄関のオートロックを解除すれば、男は何も言わずに画面から姿を消した。がちゃん、と玄関扉が閉まる音がして、インターホンを切る。



来客は、先ほど別れたばかりの不破だった。



革靴が地面を蹴る音が近付いてきて、チャイムが鳴る前に内側から玄関を開いた。その瞬間に不破は扉を掴み、乱暴に押し開ける。



「よー」



馬鹿にするような顔にこわばりが緩む理由を知りたい。


安堵を覚えたと悟られないように、腕を組み、不破の靴を見下ろした。



「……何か用?」

「お早いお帰りですね」

「ご飯を食べるだけだもの」

「彼女相手だと2軒目があるだろうな。それか、家かホテルで夜通し触れ合ってる」



不破は鼻で笑って、私を押し退け中に入ってくる。



「ちょっと」

「何? 上がったらだめ?」

「今日は帰って。疲れたの。今夜は早めに1人でゆっくり眠りたい」

「こういうとき、1人でゆっくり寝れたことある?」



不破は靴を脱ぎ、部屋の奥へ奥へと向かう。


帰って、の言葉を飲み込んだ。でも、1人になりたいというのは本音で、やっぱり帰ってもらおうと背中を追いかけた。



不破は勝手に電気をつけて、勝手にソファーに腰かけて、余裕に満ちた表情で私の文句を待っている。なぜ私の方がと思いながら、目を逸らす。



「お願いだから帰ってよ」



逸らした先で目が泳いで、なんで私の方に余裕がないのか、心の底からわからない。


下手に出たというのに、不破には微塵も響かない。



「隣、座らねえの?」

「……あなたが帰ったら座るわ」

「あんたが座ったら帰るよ」



絶対に嘘。出かけた言葉は喉でつっかえた。不破の表情や行動の裏を探っていれば、不破はからかうように口角を曲げる。



「気分はどうよ」

「……最悪になりそう。早く帰って」

「やっぱいい男だったの?」

「だから」

「何をそんな焦ってんだよ」



何を焦ってるのかと聞かれて、自分が焦っていることを自覚する。



「……1人になりたいの」

「なんで?」

「そういう気分のときだってあるでしょう」

「ぐちゃぐちゃだからだろ」

「…」

「何知らねえふりしてんの。掻き乱されてぐちゃぐちゃなんだろ。それを落ち着かせるために1人になりてえんだろ。違うか?」



かっと熱くなった。


それは怒りではなく恥でもなく、針先ほどの小さなどこかをさされたのだと自覚したせいだった。



「……そうだとして、何よ。だから1人になりたくて何が悪いの?」

「悪いとかではねえよ」

「じゃあいいでしょう。放っておい……」

「でも苦しいだろ」



文句を見失った。敵対する対象が消えた。


脅威はどこにもいなかった。初めから不破はずっと遠くを歩いていた。



    

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