第31話


期待なんてしようもなかった。


千尋くんもまた日和を好きな1人だったから。



中学生のとき日和に彼氏ができると、拗ねた子供のように泣いていた。



「イケメンのサッカー部の先輩とか勝ち目ないよ……」

「千尋くんも負けてないよ」

「え、ほんと?」

「日和、頼りがいがある人がタイプなんだって。頼りになるところをアピールするといいかもしれない」

「頼りがい! よっしゃ、頑張ろ!」

「頑張れ」

「なあ、でも日和、俺のこと何て言ってた?」

「“ヘタレだから男に見えない”」

「ねえ、じゃあ詰んでるじゃん!」



高校生になると、日和は彼氏と別れた。


千尋くんは勇気を出して夏祭りに誘った。日和は「夏葉も一緒ならいいよ」と答えたので、3人で浴衣を着て夏祭りに行った。



「日和、浴衣似合うね!」

「ほんと? ありがとう」

「赤色すごく似合ってる。髪型も可愛い」

「ありがとう」

「あ、日和何食べたい? 俺、買ってくるよ」



一生懸命な千尋くんにエールを送りながら、私はなるべく空気になろうとした。


そのうちはぐれてしまったから、動かない方がいいと思って境内の石段に腰かけた。すると、人混みに紛れて、千尋くんと日和が前を通り過ぎていった。2人は手を繋いでいた。


私は帰ることにした。痛いのは、鼻緒で怪我をした足くらいだ。



高校の卒業式の日。千尋くんは日和に告白した。日和は頷いて、周囲からお似合いと呼ばれるカップルが誕生した。


千尋くんは律儀に私に報告に来た。ぼろぼろと泣いていた。



「夏葉! おっけーだった!!」

「見てたよ。良かったね」

「まじでありがとう、夏葉!」

「私、何もしていない」

「ううん、夏葉はすっげえ助けてくれた」



「ありがとう」って、千尋くんは暖かくて柔らかい笑顔を見せて、私は、ああ良かった、と嘘偽りない喜びを感じた。



千尋くんは、日和といるとき、幸せでたまらない、みたいな、とろけそうな顔で笑っていて、恋をされた相手はああいう笑顔を向けられるのだと知った。


気持ちの悪い私は、頭の中で、千尋くんの隣に私を並べてみる。すると、途端に千尋くんの笑顔が陰って、お似合いのカップルがいなくなって、とても申し訳なくなった。



大学に進学すると、2人は半同棲状態になった。20歳になると、千尋くんが実家に挨拶に行き、親の承諾を得て、2人は同棲を開始した。


こうして、千尋くんと日和は親公認の仲になった。



千尋くんは昔から泣き虫だった。小さなことで泣いては、うじうじ仲間の私のところに逃げてきた。でも、昔から日和の前では泣かなかった。格好をつけて、背伸びをして、一生懸命かっこいい男の子でいようとしていた。


彼氏になってからもそれは同じで、筋トレをして物理的に強くなったり、家業を継ぐ勉強に励んだり、バイトをして旅行に連れて行って喜ばせようとしたり、千尋くんはかっこいい彼氏の姿を見せ続けた。


その理由が、少しわかった。


千尋くんを前にした私はいい子な気がするから。優しくなった気になるから。千尋くんの目に映る私を気にして背筋を伸ばしてしまうから。



「──夏葉、プロポーズ成功した!!」



期待する余地もなかったのに、私は本物の馬鹿なんだと思う。



「日和が大学卒業したら結婚する」



日和にはなれないのにいつまでも初恋を抱えて、日和がいるのに私をわざわざ選ぶわけがないってわかっているのに、いつまでも好きなままで。



「夏葉、ありがとう! 夏葉のおかげで、俺もうずっと幸せ!」



おめでとうに嘘はないの。日和の場所に立ちたいとは思わないの。


なのに、なんでずっと好きなままなんだろう。



     

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