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第30話
千尋くんは実家の近くに住んでいた男の子だ。
代々旅館を営んでいる我が家と、由緒正しい呉服屋さん。家同士の付き合いもあって、日和と千尋くんと3人で子供の頃からよく遊んでいた。
男の子と言えば千尋くんだった。
泣き虫で、ヘタレで、屈託なく笑う千尋くんが、私はいつからということもなく好きだった。
日和と私は一卵性の双子だ。
そっくりだったのは、2年ほどだった。次第に性格や能力の差が目立ち始め、顔も似ているけどやっぱり違うよね、という認識に変わっていった。
私の方は子供の頃から内気で、愛嬌もなかったので、「日和はこうだよ」という叱りも「日和はこうなのに」という落胆も、たくさん受け取ってきた。
いい子なのも、優しいのも、気が利くのも、可愛いのも、好かれるのも、選ばれるのも、全部日和。
私はずっと日和になりたかった。日和と比べたらどこも勝っていないことを自覚していたから、完璧な日和の模倣品を目指していた。
でも、うまく模倣できず、底なしの劣等感が暴走して、小学生のとき、日和は悪くないのに日和と目を合わせられなくなった時期があった。
学校でも、家でも、旅館でお客さんの前に立ったときだって、日和を真似しても真似しても、笑顔も言葉も配慮も足りなくて、私はいつも恥ずかしかった。
だから、日和を見たくなかった。日和と並びたくなかった。
日和は全く気にしなかった。旅館でお客さんや取引先の方に可愛がられたり、祖母や母に期待されたりと忙しそうで、それがさらに劣等感を育んだ。
私だけが困っていて、私だけが悲しくて、このまま消えられないかな、なんて、自分の影を見ていた。
「――夏葉」
顔を上げさせるのは、決まって千尋くんの声だった。
「なに?」
「なんでこんなところにいんの。暇なら一緒に公園行かない?」
「行かない」
「えー。つまんないじゃん」
「日和は家の中にいるよ」
「夏葉に言ってんだって。夏葉と遊びたいの、俺は」
日和じゃなくて、日和がだめだから私じゃなくて、千尋くんは私にも平等に声をかけてくれた。
じめじめしたところから、千尋くんが引っ張り出してくれた。千尋くんは、「好き」と一緒に大きな肯定をくれた。
中学生になると、日和との差はさらに開いた。
旅館の跡継ぎとしても1人の人間としても劣等生の私は、日和に満たない笑顔で笑っていいのかわからなくなって、真似しようとすら思わなくなった。
クラス替えで、日和と同じクラスになった人の話を聞いた。
「あ、私たち、浅海さんと同じクラスだよ」
「え、どっち?」
「日和ちゃんの方」
「当たりの方? うわ、良かったあ」
男の先輩は言った。
「あ? これが浅海日和?」
「いや、じゃない方」
「何だ。お前ら騒いでんのこれかと思った」
「日和ちゃんはまじ可愛いんだって」
「でも双子なんだろ? 似てないの?」
「似てないんだよな、それが」
祖母も言った。
「日和がいて良かったわね。もし双子じゃなくて一人娘で、跡継ぎは夏葉だけなんてことがあったら……」
でも、千尋くんは言った。
「俺、夏葉好きだなあ」
「いつも落ち着いてるけど、たまに笑うでしょ? すごい楽しそうで、子供っぽくて、俺まで嬉しくなんの」
千尋くんは日向みたいで、毛布みたいで、好きだなあと優しい気持ちを感じながら、心の隅で思った。
千尋くんは日和と似てるな、って。
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