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第26話


時間を割いた相手が外れの方だったと知ったら、お金を使った相手が、組み敷いた相手が、甘い言葉を与えた相手が外れの方だったと知ったら、不破はどんな目で私を見るだろう。


不破がずっと優しいままだといい。都合のいい夢の中、新しい願いをひとつ踏みつける。



不破は、宣言通り朝までいるつもりのようだ。事が済んでお風呂に入ると、シーツを変えたばかりのベッドに寝転がった。



「体平気?」

「平気よ。お構いなく。気にしないで」

「いや、気にするだろ」



不破は呆れて、ベッドサイドに突っ立ったままの私の腕を引いた。



「なんで立ってんの? 寝ねえの?」

「お風呂、に、私も行く」

「なら早く行って来いよ。まじ寝そう」



不破はあくびをして、目を閉じる。


私は前回の反省を活かそうと、ベッドの横に座り込み、眠たそうな不破に言う。



「ごめんなさい。ありがとう」

「何が?」

「いろいろと。ごめんなさい。ありがとう」



不破は閉じていた目を開いて、私を見上げた。それだけのことに呼吸が止まる。


不破は手を伸ばした。見えていたのに避けられなかった。不破の手は私の後頭部に触れて、そのまま引き寄せる。一度、唇が重なり合う。



「風呂、早く行って来い」



不破はすぐに手を離して、再び目を閉じた。



お風呂から戻ると、不破はすやすやと眠っていた。


照明を落として、私も眠ることにする。検討は一応したが、不破の隣に寝転がる選択肢は即刻消えた。ソファーに座って、ブランケットをかぶる。不破が気をつかうかもしれないから不破より早起きしよう。心に決めて、眠りについた。



それがどういうわけか、目を覚ますと、寒くないばかりか暖かい。体も固まっていない。落ち着いた鼓動の音が聞こえて、覚えたての不破の香りがする。情報を集めれば、状況を把握するのは簡単だった。ここはベッドだ。頭の下に不破の腕が通っていて、ぎゅっと抱き寄せられている。


信じられないほど私は寝相が悪いのだろうか、と青ざめながら、とにかく離れようと試みた。どういう精神状態なのか、不破の腕は緩まない。抱きしめる力はどうあがいても強いままだ。


ただ、抱きしめられることに対しても耐性がない私の方も、諦めるという選択肢を取るわけにいかない。いつまでもあがき続けていれば、不意に、不破は不満そうにさらに強く抱きしめた。


胸を押そうとして、何なら不破を起こそうと思った。


でも、できなかった。



「──あさみ」



私に向けられた声だとは思わなかった。


不破もまた都合のいい夢の中にいることを察した。




恋をしていて泣いたことは?


──ある。若かったからな。




記憶の中の不破を思い出して、魅力のある人でも選ばれないことがあるんだなと、結ばれた人たちにも叶わないことはあるんだなと、胸が痛くなった。


すると、衝動が生まれる。あの日、私の苗字を聞いて元カノを連想した不破に抱いたものと同じ衝動。


何かしたい。何でもいい。あなたに何かをしたくなった。



体をよじれば、今度は不破の力が緩んだ。不破の胸から抜け出して、少し上に移動して、不破の髪に触れる。優しく優しくと意識して、撫でる。


夢の中にいる不破がすり寄る。胸に不破の頭が埋もれる。不破にそうされたように、優しく触れる。不破にそうされたから、優しく慰める。



これは同情。これは憐れみ。


これは、わがまま。



    

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