第27話


不破が目を覚ましたのは、1時間ほど後だった。


図太いのだろう、私は不破の頭を抱えるようにしてまどろんでいたらしい。不破が身じろぎしてはっと目を開けば、不破が上目に私を見ていて、一瞬でまどろむ前のあれこれを思い出した。跳ねるように体を起こし、腕で顔を覆って背ける。



「ごめん、なさい、私、寝ぼけていたみたいで、ベッドに…」



不破も体を起こした。


彼はあくびをしながら、平然と言ってのける。



「俺が運んだ」



わずかな思考停止。次いで、血の気が引いた。


私の反応を見透かした不破が腕を掴んで、蒼白となった顔を晒させて、朝も変わらず静かな不破の目を細めてみせた。



「風呂から出てくんの、待てなくて悪かった。あんたはおいでって言ってやんないと来ねえのに」



都合のいい夢の中にいる。


朝から優しくされる、私にとって都合のいい夢。



「──ごめんなさい、不慣れで」

「不慣れね」

「……朝、抱きしめられていたの、嬉しかった」



不破が首を伸ばして、そっぽを向く私の顔を覗き込んで、ようやく目が合えば、その程度のことに優しい顔をする。



「それ、俺も一緒」



ほら、やっぱりここは夢の中。


目覚める方法をもしも知ることができたら、私は実行するだろうか。



不破は朝ご飯を食べないと言った。でも、簡単なサンドウィッチを作っていると「俺も食べる」と言い出し、実際に誰でも作れるそれを食べて、おいしいと褒めた。


ご飯を食べてもコーヒーを飲んでも、不破は帰ろうとしなかった。ソファーにもたれかかって、スマホを触ったりテレビを見たりしてくつろいでいた。不破もおとなしいので、お皿洗いに洗濯に掃除にとしたいことをしていると、ソファーの後ろを通る最中、ふと不破に呼び止められた。



「今日忙しい?」

「忙しくはないわ」

「じゃあ昼頃出かけるか」

「あ、でも、夜には人と会う用がある」

「何時?」

「18時に待ち合わせよ」

「十分。18時までに待ち合わせ場所に送る」



不破は要件を済ませ、くつろぎモードに戻った。


洗濯物を畳もうと思っていた私の方はというと、きれいに優先事項第一位が入れ替わってしまった。洗濯物はベッドの上に置き、不破の隣へと移動する。



「出かけるというのはこの前のようなこと?」

「そう」

「私がエスコートしたらいいのね?」

「あー、ちげえわ」



不破は苦笑する。



「前回のは、あんたの普段行くところに行ってみたかったってだけ。慣れねえことさせたな」

「いえ。私滅多に出歩かなくて、詳しくないの。以前は見栄を張ったけど、次があれば辞退しようと思っていたから、良かったわ」



言いたいことも言ったので立ち上がろうとすれば、不破が声をかけて動きを遮る。



「浅海、行ってみたいところは?」

「特にないわ」

「してみたいことは?」

「ないわ。もうしてるもの」



不破は探るように私を見つめる。


明るい場所で見る不破の瞳は静かなだけじゃなくて、光を吸収して輝いていて、いつもより穏やかに映る。



「俺に要望ねえの?」

「要望? 許可をもらったのでもうないわ」

「会いたいくらい?」

「そうね。でも、会えなかったら会えなかったであなたのことを考えるとわかったから、会えなくなっても平気かもしれない」

「へえ。やっぱ意味わかんねえ」



不破は呆れた表情を浮かべ、背もたれに沈んだ。



「22歳っつってたよな。4年生?」

「ええ」

「就職? 進学?」

「就職よ」

「この辺?」

「電車で2時間はかからないくらい」

「2時間……」



不破はスマホを触りながら、何県何市か聞く。実家の住所を答えれば、すぐに顔を上げた。



     

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