第22話


年が明けて2週間が経った。


22時頃、お風呂から上がると、千尋くんからメッセージが届いていた。思わず床に座り込み、まるで一大イベントのような心持で画面を凝視する。



【明日の夜 一緒にご飯食べない?】



不破と昼日中に会ったあの日、千尋くんから年内に会えないかと打診されたが、あれは断った。家業の手伝いがあるので、時間が全く作れなかったのだ。その後、「年が明けたらまた誘う」という旨のメッセージが届いて、今に至る。



【日和も一緒なら大丈夫】



特に用もないのでたった一言を返信する。たったそれだけのことで疲れた。項垂れて息を吐く。


返事はすぐだった。



【日和はいないよ。でも夏葉とご飯食べに行くって言ってあるから、心配しないで】



それは大丈夫なのか、と考えたが、千尋くんに下心がないことは誰もが知っている事実なので問題ないと考え直し、了承した。


明日の夜ご飯を千尋くんと食べる。騒ぎ立てるようなことではない。これはただの知人との食事だ。そう言い聞かせながら口では別のことを念仏のように唱えている。



「大丈夫、私は不破が好き、私は不破が好き……」



不破を思う。見透かすようなあの目に暴かれた夜を思う。どこか深くから引っ張り上げられて、身包み剥がされて、抱きしめられた気持ちになった、許された気持ちになった、あの夜の全てに慰められる。


過去に思い馳せ、ぼーっとしていたらしい。再びメッセージを受け取った音が鳴り、肩を揺らす。千尋くんだ、と手を伸ばして、



【疲れた。会いたい】



目に留まった、不破の表記に目を見開いた。



疲れた。会いたい。……会いたい???


自慢じゃないがそんな台詞を向けられたことなんてない。そのせいかからかわれているとも思わず、「会いたい」は簡単に「会いに来い」に変換された。返事もせず、急いで支度を済ませ、22時半過ぎに家を飛び出した。



マフラーに顔を埋め、ひと気のない冬の住宅街を歩き、電車に乗る。


寒いだとか痛いだとか眠たいだとか、普段の私を占める気持ちは、とても静かだった。好きな映画の戦闘シーンを見ているときのようだった。ただ、わくわくした。



終電に乗れなければタクシーを利用しようと心に決めて、23時15分頃、一哉さんのお店の扉を開く。


不破がここにいる確証はない。でも、ここしか思い浮かばない。



「あ、夏葉ちゃん。久しぶり。いらっしゃーい」

「こんばんは。お邪魔します」



一哉さんに会釈をすると、店内に目を走らせた。


カウンター席の1番奥。いつもの定位置。そこには、ひと月近く見ていなかった、不破の姿がある。


不破を目指してまっすぐに歩いて行き、不破の隣に腰を下ろす。一哉さんに「お任せでいい?」と聞かれ、「お願いします」と返しながら、マフラーを外しコートを脱ぐ。それから、不破と目を合わせた。



「来たわ」



不破は口の端を曲げた。



「来いとは言ってねえだろうが」

「そういう意味ではないの?」

「返事が来たら迎えに行く気だった」

「……お酒を飲んでいるのに?」

「これ、ノンアル」



不破はカクテルグラスを軽く振ると、一哉さんに「酒ちょうだい」と雑なオーダーをした。一哉さんは「結局飲むのかよ」と笑っている。



「……じっとしていれば良かった」



小さな声で呟いた後悔を、不破は馬鹿にする。



「できなかったんだよな? 俺に会いたくて」

「そうなるのね」

「嫌そうな顔」

「呆れたのよ。自分で言うのね、って」



一哉さんがグラスを私の前に置いた。一哉さんに軽く頭を下げ、淡い色味のジュースが入ったグラスを握ると、一哉さんの口が「ごめんね」と動く。



「ごめんね、許してやって。そいつお坊ちゃまだから、基本偉そうなんだよ」



不破はお坊ちゃまらしい。そう言われればそんな気がする。でも、不破が偉そうなのは生まれや育ちだけが理由ではないだろう、と思ったときには、素直な感想を口にしていた。



「きっと、お坊ちゃまでなくとも、不破は偉そうだと思いますよ」



すると、一哉さんはけたけたと笑い、不破は「あんたな」と私の頭を掴んだ。



「穂高、夏葉ちゃんに言われたい放題じゃん」

「うるせえ。もういいよ。お前は客の対応してろよ」

「はいはい。わかりましたよーっと」



一哉さんは不破の前にグラスを置くと、笑って離れていく。



     

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