第21話


お店に行くのをためらった。


もしかすると、目が覚めたときに1人だったのは、「忘れさせるための行為」は1回きりだという、不破からのメッセージなのかもしれないから。


いや、別パターンも考えられる。


私があの夜何かをやらかして愛想を尽かされたか、元々興味の探究が済んだら終わりにするつもりだったか、未練のあるあさみさんという元カノに会ったか……。



たまに、あの夜のことを鮮明に思い出して、羞恥心からどこかに頭を強くぶつけたい衝動に駆られながら、日和が相手だったら不破も朝まで一緒にいたんだろうか、なんて考えても仕方ないことを考えた。



そんなこんなで一週間ほど過ぎた頃、はっとした。


あれから、私、不破のことばかり考えている。



目が覚めた。


なるほど。きっとそういうことだ。私が、初めての一つを失った後、朝起きたときには姿を消していた上に連絡も寄越さない相手のことを、考えに考え、悩みに悩むことは想定内だった。そうやって、頭の中を不破でいっぱいにして、次第に思考の中心が置き換わっていくことで、「忘れる」という状態に持っていこうとしている。



「やり手だ…」



全ては想像だが、なんか、そんな気がする。



年末年始は帰省し、家業の手伝いに忙殺された。冬休みが終わる前日に下宿先に戻ってきて、日和と2人でとにかく甘いものを集めて打ち上げをした。


日和の疲労は私の比ではない。くたくたになってしまって、ソファーに寝転がったままポッキーを咥えている。



「はあ、春からずっとあれかー。死んじゃう」

「日和にはプレッシャーもあるでしょう。本当にお疲れ様」

「なんで他人事なの」

「私は裏方作業しかできないもの。でも、他の大変なことは全て引き受けるわ。任せて」

「裏方とかじゃなくて……てか、ねえ、それ結婚とかでしょ」



日和は体を起こすと、むっと口を尖らせた。



「あの人と会ってるの? あの人、白川しらかわさん」

「会っていないわ」

「えー、本当?」

「本当」



白川さんというのは、不破より少し年上の男性だ。我が家を贔屓にしていただいている地主さんのご子息で、私たちが幼い頃から顔なじみだ。


2歳か3歳の年齢差なのに、不破よりずっと大人びて見えたことを思い出して、今の話題とは無関係な不破を強引に連想した自分に驚く。



「夏葉、白川さんと結婚するの?」

「言ったでしょう。縁談は夏に断られた」

「白川さんが結婚してって言ったらどうするの?」

「お受けするわ。白川さんがいいなら問題ないもの」

「ええ、やだあ」



日和は子供みたいに駄々をこねる。



「あの人と夏葉が結婚するとか嫌すぎるよ」

「どうして? 日和が白川さんと結婚したいわけではないでしょう」

「ないよ! 白川さんが嫌なんだよ!」

「え、どうして?」

「夏葉にひどいこと言ったじゃない!」



ひどいこと、と言われたところで、思い当たることはなかった。縁談の断りの文句にだって暴言の気配は帯びていなかった。


でも、日和が私の味方をしてくれていることは確かに伝わってくる。



「ありがとう。でも、大丈夫よ。もう白川さんには縁談を断られているから」

「……でも、白川さんが結婚しようって言ってきたらするんでしょ」

「それは、だって、問題がないじゃない」

「あるんだって! ああ、もう、夏葉のばーか!」



日和はクッションを投げつけて怒った。怒られる覚えはない。日和の言わんとすることがわからず、戸惑う。



男の子といえば千尋くんだった。千尋くんにとって女の子といえば日和だった。ただそれだけの話。


矢印が向かい合わなかったのだから、私の恋に用はない。誰かの恋も私には用がない。だから、恋ではないものに従って支障ない。白川さんに限らず、誰かの思惑によってどこかに私の居場所が用意されたなら、そこに落ち着くのが正しい。


それは誰の不幸にもならないのだから。



    

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