第18話


不破に促され、ソファーに座る。2人がけのものと1人がけのものがあったので、1人がけの方に座った。


柔らかな手触りを楽しんでいれば、ノックの音が聞こえた。不破が対応し、一言二言誰かと「こっちでやるから」とか何とかいう話をして、戻ってきた。



「これ飲も」



不破は高級そうな黒っぽい瓶とグラスを2つ持っている。


2人がけのソファーの私側に座ると、不破はテーブルにグラスを置き、瓶のラベルを私に見せた。アルコールの表記がない。



「……あなたのことは疑っていないわ」

「あそ」



瓶の口を開く手つきは慣れていた。



「どうぞ」



紫色の液体を注いだグラスを私の前に音を立てずに置く。恐々と持ち上げれば、不破は自身のグラスと軽くぶつけた。不破と乾杯をするのは初めてだ。今思わなくてもまったく影響のないことを思う。



「……いただきます」



一口飲んで、驚いた。


色味からしても葡萄ジュースだ。でも、今まで飲んだものの中で一番濃厚で、甘味が自然で、味も香りも私の好みのものだった。



「美味しい……」

「へえ。良かった」



高級ホテルの一室に不破と2人、優しい甘さのジュースを味わう。


浮遊感があって、劇場に行ったときのような緊張感があって、落ち着かない。でも、これは夢だと現実的な思考を放棄してでもこの一時に身を任せたいと思うのは、この時間が、空間が、私の脅威ではないからだ。



私が浮遊感に完全に身をゆだね、緊張がほぐれた頃、不破はグラスを置いた。両膝に肘をついてその手で口元を隠し、まっすぐに私を見つめる。



「もっとあんたのことを教えてほしいんだけど」



どうしてか、不破と目を合わせられない。



「……なにを言えば」



私もテーブルにグラスを置き、意味もなく足を見下ろす。


不破は淡々とした口調で言った。



「ここ半年のあんたの奇行について」

「き、奇行なんてしてない」

「奇行だろ。ただクラブで会ったってだけの男に、恋をしたいっつうわけのわからん要望通すために、毎週会いに来てんだから」

「理由があるのよ」

「その理由は何だよ」



そういえばと、以前不破が「やっと興味がわいた」と言っていたことを思い出す。


ようやく話を聞いてもらえる域に辿り着いたことを実感すれば、長い戦いだった、と感傷に浸りたくなる。が、ここは踏ん張り時だと、一度咳払いをして姿勢を正した。



「どうしても変わりたかったの」



今度は不破の目をまっすぐに見つめることができる。



「あなたから受ける影響は大きいと思った。あなたといれば変われると、あなたが私を変えてくれるという期待があった。だからあなたにお願いした。私にとっては、ただクラブで出会っただけの男ではないわ」



この部屋は静かだ。


私の息づかいや鼓動の音までもが聞こえていたり、不破の目に肌を焼かれる音が聞こえてきたりしても、おかしくない。



「わかんねえな。勝手に変わればいい話だろ。それとも俺からの働きかけを求めてんのか?」

「あなたが意図的に何かをしなくても、あなたからの影響を受ける。でも、それによって変わっていくなら許可が必要だと思った」

「なんで?」

「会いたいから。変化の過程で、私があなたに恋をしたとしても、関係を断たないでほしかった。だから先に言ったの、あなたに恋をしたいって」



不破は、迷路に迷い込んだような顔をして、ソファーの背にもたれかかった。



「それは、端的に言うと何なの、俺に惚れたとかそういう話か?」



惚れた。


不破の質問の中のその単語によって、自分でも掴みきれなかった部分の輪郭が描かれた感覚があった。



「……惚れたい、が、近いのかもしれない」



私は頭を抱えて、ため息を吐く。



     

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