第17話


お寿司も結局ごちそうになって、駅へ向かう道すがら何度目かのお礼を口にする。



「はい、いいよ。だからもう言うな」

「……わかったわ。でも本当にありがとう」

「わかってねえじゃねえか」

「このお礼は全体を通してよ。ありがとう。あなたのおかげで、いろいろと初めてのことを経験できた。楽しかった。ありがとう」



立ち止まって頭を下げると、不破は呆れながら律儀に足を止めた。



「……純粋培養」

「わかってるわ。褒めてないんでしょう」

「今度は褒めた。喜んどけよ」



不破はからかって、歩き出す。


その後を追った。まるで一緒にいることが当然かのような自然さで。



「なんか締めてるとこ悪いけど、まだ終わってねえんだよな」

「え? まだ? ……あ、帰るまでが遠足みたいな話?」

「なんでだよ、ちげえわ」



もう21時だから解散だと思っていた。でも、こんな時間からどこに行くんだろう。一哉さんのお店だろうか。それとも、意外と夜景を見たがっている……?


あれこれと考えていて、ふと思い当たった。もしかして、キスのことだろうか。



冗談みたいな言葉の数々を思い出せば、思わず立ち止まりそうになる。


いや、あれは冗談だ。私は多分断ったはずだ。そんなことはしなくていいと伝えたはずだ。それなのに今思い出すなんて、真に受けているようで恥ずかしい。


後ろめたくて歩幅を緩めた。



すると、不破は私の右手をさらう。


驚いたのに、手を引っ込めなかったのはどうしてだろう。私の驚きは肩をわずかに動かすだけに留まって、恋人繋ぎとも呼べない、軽く指先が絡んだだけの不破の手から逃れようともしない。



不破は私をいつでも簡単に逃げ出せるような状態に置いて、きらきらとした装飾の施された通りをしばらく歩いていき、何の前置きもなくこう言った。



「ここ俺ん家」



ここ、というのは、どこからどう見てもアパートやマンションの類ではなかった。格式の高い高級ホテルだった。



「……ホテル暮らしなの?」

「あー、なるほどな、それはある話だな」

「違うの?」

「俺の知り合いはそうだよ」

「……あなたは?」



不破はただ笑って、ホテルに入っていく。


いつさようならと言えばいいのかを考えているのに、不破について足を動かしてしまう。足元がふわふわとしているような感覚がつきまとっているせいで、ずっと非現実的だ。意識が勝手に夢を見ていると認識している。



エントランスで手は離れたので、もう帰ればいいということだろうと察した。それなのに、ロビーを飾るきらびやかなシャンデリアや高級感あふれる内装に見惚れてしまい、夢の感覚を助長されて、ついぼーっと立ちすくす。


そのうち、居た堪れなくなったのかもしれない、不破が回収しにきた。腰の辺りに不破の手が添えられ、意識がほんの少し覚醒する。



「あ、ごめんなさい」

「何が?」

「ホテルなんて修学旅行以来だから……それに、こんなに素敵なホテルは初めてで、楽しくなってしまって。今帰るわ。ごめんなさい」

「あんたが帰んなら俺も帰るよ」



不破は簡単そうに意味のわからないことを言う。


ここがあなたの家なのではないのか、と思うものの、不破が不思議なのは今に始まったことではないことを思い出せば、不可解な言動の全てがどうでも良くなる。



それよりも、エレベーターや廊下やカードキーで開く扉や洋装の部屋に目を奪われて、私はのこのこと不破の家にお邪魔している。


入ってすぐに見えたのは、アンティーク調のテーブルに手触りの良さそうなソファーだった。その奥にまだ部屋がある。そこは寝室で、見るからにふかふかなベッドが2つ並んでいる。



「素敵な部屋…」



うっとりとするとは、こういうときに使うのか。



    

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