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第16話
男の子といえばずっと千尋くんだった。
そんな心を激しく嫌悪する。
経験値の浅い私の想定とは違い、不破は私の分の映画のチケットも一緒に買ってきてくれたらしい。
「え、ごめんなさい、いくらだった?」
「やめろ。財布を出すな」
「でも、さっきもごちそうに」
「ありがとうでいいんだよ、こういうのは」
「でも、私そんなに良く、」
「ありがとう」
「……ありがとう」
不破の圧に負けてお礼を言えば、不破はふと笑って、私は、ああ、本当にありがとうと言うだけで良かったのか、と思う。
「始まるまで後一時間くらいあるけど、どうする、なんかする?」
「何か……」
「ここで待ってんのでも俺はいいけど」
日和に教わったことはもう夜景と夢の国の2つしかない。次に何を提案したらいいのか、途端にわからなくなる。
「えっと……」
エスコート。ちゃんとしないと。だって不破が退屈する。日和ならこういうとき何て言うのだろう。日和だったら今、不破をどこに引っ張っていくだろう。考えて、考えて、早く答えを出さないと。
そのとき、頭に何かが乗った。それは不破の手だとわかっている。
何もしたいことがないならここで待とうかと、不破は後ろに両手をついて天を仰いだ。不破にまた助けられてしまった。
「ごめんなさい、こういうことに不慣れで」
俯いたまま謝れば、不破は本当にどうでも良いことをあしらうように笑った。
「あんたって謝んの好きな」
「別に好きではないけど」
「なんで不慣れだからっつって謝んの? 意味わかんねえわ」
「……謝らなくていいことだった?」
「そうだろ。謝んねえとだめなら、俺はこれからあんたに何回謝られんだよ」
不破が顔を覗き込む。呆れても怒ってもいない目と目が合った。不破の瞳が茶色っぽく見えて、どうしてか耐えられなくて、目を逸らす。目を逸らせば不破の左耳のピアスが見えて、さらに目線を落とせば、不破の手の甲を見つける。
骨張った、男らしい、大きな手と。
「──今日はあんま目合わねえな」
つぶやくような声量に、からかうような口調。
無性に恥ずかしくて、隠れたい。
「……きのせいでしょ」
「じゃあこっち見ろよ」
「不慣れなの」
「おい、濫用すんな」
不破は、きっと、私の「恥ずかしい」も「隠れたい」も見透かしていて、その上で、ゲームを楽しむような気軽さで逃げ腰な私を引っ張り上げるのだ。
やっぱり、正しかった。不破に頼んだのは、正解だった。
どこまでも引っ張り上げてほしい。恥をかいても、不破に迷惑をかけたとしても、隠れたがる私を引っ張り上げて、形を変えてほしい。
身勝手なお願いと振る舞いを自覚している。
映画を観た。大きなスクリーンと音に驚いて、引き込まれて、人生で一番わくわくした。
映画を観た後に感想を共有できるのも初めてだ。「かっこいい」と「びっくりした」しか言わない私とは違い、不破は伏線の話をするから、映画を二度見た気になった。
午後7時前、クリスマスシーズンを迎える街を歩く。
見事にカップルだらけだな、と思って、隣を見てみれば私の横にも男の人がいるので、恋人同士じゃない2人組はどれだけいるのだろう、という新たな視点が生まれる。
──変化。
小さな変化を積み重ねたい。
知らぬ間に不破に誘導されていたらしい。不破は隠れ家のような和風のお店の暖簾をくぐった。そこはまわらないお寿司屋さんだった。客の年齢層の高いそのお店では、不破の隣に座った。不破の視線を感じなくて済むと安堵したが、そうでもなかった。不破の目は変わらずうるさかった。
全部違っていた。これは初めから私のせいだった。
うるさいのは私の意識の方だった。
変化。
小さな変化を積み重ねた先を期待している。
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