第11話
また来いよ、なんてらしくもない言葉を向けられて、少しは距離が縮まったのだろうかといい気になった。お店に向かう足取りは軽い。
今日こそは不破の了承を得ることに成功するかもしれないと期待し、繁華街を歩いていれば、なじみのある声がした。
「──浅海、」
振り返れば、予想通り不破だった。星の見えない夜空の下、電光掲示板の明るい繁華街の中に不破。そういえば、クラブからお店へ行く道中に見た景色もこんな感じだった。
「偶然だな」
「これからお店へ?」
「ああ」
不破は私を抜かして歩いていく。
遅れて足を踏み出せば、速度を合わせてくれているのかもしれない、置いていかれたり早足になったりすることもなく、私の位置は不破の斜め後ろに落ち着いた。
不破は少し振り返り、私と目を合わせた。
「後ろ姿でわかんのなかなか末期じゃない?」
「……そう言われれば、そうね」
「納得すんのか」
不破は私の腕を掴む。そのまま引っ張り、不破の隣に並ぶことを余儀なくする。
腕を解放することなく、不破は言った。
「なあ、寄り道しねえ?」
「寄り道?」
「あんた酒飲めねえだろ? 普段はどこ行くの? そこ連れてって」
不破から私を目がけた好奇心を感じる。こんなの初めてだ。不破の好奇心に感染して私の胸の奥がわずかにはずむ。
ただ、普段行くところと言われても、いかんせん友達もいないので候補がない。誰でも知っている有名なお店の名前しか思いつかない。
「……また後日にしましょう」
私は目を逸らし、ぼそっと呟いた。
「まあ、そうか。この時間にやってる店も少ねえし」
「(……そうなんだ)」
「じゃあ連絡先教えて」
驚きながら、連絡先交換とは盲点だったと悔やむという複雑な心境で、不破を見上げる。
「白昼堂々デートしよう」
後に続いたそんな不破の言葉ひとつで、驚きも悔いも一瞬で去って、全ては感心に置き換わる。
「……すごい、どの単語も似合わないんだ」
「喧嘩売ってんのか?」
「では、その日私がいつもとは別のお店へあなたをエスコートしたらいいのね?」
「そうだけど、何流してんの」
不破は手を伸ばし、難なく私の両頬を片手で掴んでしまう。痛くはない。手加減されている。
私はやっぱり不思議に思った。
「……なんでだろう」
「あ?」
「あなたに触られるのは別にいいの」
不破の手が少し緩む。
緩んだだけで離れないので窺った。不破と目が合った瞬間に始まったそれは、まるでスローモーションのような景色の変化だった。ゆっくりと不破の顔が下りてきて、吐息を感じる距離でぴたりと止まった。
不破は手を離し、口の端を曲げた。
「俺、あんたに絆されてんのかな?」
不破の気配が離れて5秒は経ってから我に返った。
不破は歩き出し、反射的に私も後を追って足を動かしながら、可能な限り眉を寄せる。
「こ、うしゅうの面前よ。それでも28歳なの?」
「あんたに引っ張られた」
「私は何もしてない」
「つか、公衆の面前じゃなかったらいいのかよ」
「いいわよ、別に。でも……」
「お、言ったな?」
不破は足を止め、私の指先を掴む。
それを持ち上げ、自分の口元に運んで、試すように見つめた。
「長いデートになるな」
「……意外、キザなのね」
「箱入り娘には効きそうだろ?」
不破は笑いながら私の手を落とすと、目の前のお店の扉を開いた。
遅れて気が付く。一哉さんのお店の前に着いていた。
「どうぞ、お嬢さん」
何やら紳士ぶっている不破が扉を開いて待っている。
「……ちょっと、やめてほしい」
「今日限りだよ、こんなもん」
「本当ね。約束よ。絶対だからね」
「そんな拒否されんの?」
不破は笑った。
目元に皺を作る、嘘っぽさのない笑い方だった。
「……あなた、笑えるの?」
「は?」
「今の笑顔とてもいいと思う」
「あ? いつものは? つか早く入れよ」
私は不破のその笑い方も好きになった。
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