第9話


お会計を、と一哉さんに告げ、鞄を持って立ち上がろうとすれば、



「まだいいだろ。ゆっくりしていけよ」



不破は私の手首を掴んで引き止める。


眉を寄せ、見下ろす。やはり頬杖をついた不破は楽しそうだ。



「今の俺ではだめな理由をぜひとも知りたい」

「私の求めるものではないから」

「体の関係は望まない?」

「あまり」

「あんたの要望にはおおいに応えてやれんだけど」

「──元カノの名前を聞いたくらいで乱れているというのに?」



手を払う。


不破は笑った。心底楽しそうだ。



「俺も好意を寄せる必要が?」

「それは結構よ」

「じゃあ問題ねえだろ」

「うーん、でも違うのよ」

「何が違うんだよ。そこを言語化しろよ」



次々と質問を重ねる不破をまじまじと見つめた。



「……もしかして、やっと興味を持ってくれたの?」

「ああ。やっとな」



不破は、楽しみながら試すような目で私を見ている。


私は考え込み、言語化を試みた。



「私が求めているのは、あなたに何かをすることではない。ただ、こう……何というか、あなたからの影響を求めている」



不破の影響力は強い。初めて会ったあの日から、私の中で大きな存在として認識されている。不破の意図とは無関係に与えられる影響。干渉。それを見込んだ。それを求めている。


不破は呆れない。また、眉を寄せたり、面倒くせえと遮ったりすることもない。まるでゲームのように楽しんでいる。



「その言い分だと俺の提案は最善だろ」

「違うの。あなたに何かをしたいのではないの」

「何もしなくていい」

「そういうことではないの。今のあなたは、こう、どことなく弱っている……いや、女々しい……いえ、軟弱、だから」



懸命に答えを探しながらつむぐ拙い説明を、不破は遮らない。



「そんなあなたに、何かをしたいと思ってしまう。実際に思ってしまった。でも、そんなことは求めていない。だから、遠慮しておく」



なんとか結論に着地したので、もう帰っていいだろうと立ち上がろうとする。


今度は引き止められなかった。



「──へえ」



不破は少し低い声を出す。



「何でもしてくれりゃいいけどな、こっちは。そうじゃねえんだ?」

「そう、ね」

「ああ、そう。まあいいわ。意味わかんねえけど、いい」



不破は1人で何かを肯定して、偽りを感じさせない表情で笑った。



「興味わいた。また来いよ」



その言葉は、不破史上最も友好的なものだった。




   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る