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第7話
「ねえ、
日和は私の顔を楽しそうに覗き込んだ。
「そう簡単にできるものじゃないの」
「簡単だよー! 頑張ろうよ」
「頑張り方がわからない」
「簡単だって! 告白されたら頷けばいいだけ」
呆れて日和の顔を見やる。日和は柔らかで愛らしい笑顔を返した。
顔自体は似ているはずなのに、日和を見ていても鏡を見ているようには感じない。近いはずなのに決して到達できないレベルを、毎度思い知らされる気分だ。
私は日和から目を逸らした。
「日和、私に構ってる場合じゃないでしょ。彼氏待たせてるんじゃないの?」
「彼氏って。なんで他人みたいな言い方するの?」
日和は無邪気に笑って、
「千尋、夏葉に会いたいってまた言ってたよ」
またひとつ、私は醜くなる。
「そう。嬉しいって言っておいて」
「……にこりともしないんだから」
日和は呆れた顔をすると、「じゃあね」と手を振って離れて行った。
歩くだけで通行人の視線を奪う日和を見送りながら、自分との違いを考えてみようとする。答えなど、既に余るほど知っているというのに。
その日の夜、店を訪ねると不破の姿がなかった。
「
私の顔を見るや否や、一哉さんはそう言った。
「ほだか…?」
「え、あ、あの、ほら、口の悪い男。図体のでかい、愛想のない、髪が黒くて、目に覇気がない、」
続々と特徴を挙げていく一哉さんが、「ここによく座ってる男」とカウンターの一番端の席を指して、ようやく1人思い当たる。
「不破のことですか?」
「あ、不破って認識してんのね」
「穂高さんっておっしゃるんですね」
「ごめん、名前も知らないとは」
「すみません、名乗るきっかけもなくて」
一哉さんは、「今日もお任せでいい?」と尋ねた。あいにくこういった場所で提供される飲み物に詳しくない私はいつも任せきりだ。はい、と頷いた。
不破がいなくとも不破の定位置の隣を選び、腰を下ろす。
「不破がいない日は初めてです」
「あは、まあ、そうね。確かに珍しい」
「珍しいんですか?」
「でも、あるのはあるよ。出張でこの辺にいないとかよくあるし、後は無性に人肌恋しくなったときとか、そういう……」
そこまで言って一哉さんははっとした。そうして、探るように私を見つめる。
「ごめん、えっと、2人はそういう関係だっけ?」
「いえ、全然」
「いや、でも、なんか穂高のこと口説いたよね? 夏葉ちゃん、実は穂高のことが好きとか……」
「それは、不破の影響力を見込んでお願いしているだけなので、お気遣いなく」
「ごめん、よくわかんないんだけど」
一哉さんは戸惑いながらも安心したように笑った。
私の前にグラスが置かれた。綺麗な色の液体で満ちている。一口飲み、甘すぎない優しい味に目を細めた。
「今日も美味しいです」
「お、良かった」
一哉さんの笑顔は穏やかで、私もつられて表情筋が緩んでいくことを自覚する。
「夏葉ちゃんが初めてこの店に来てくれたとき、まさか夏葉ちゃんと穂高の付き合いがその後も続くなんて思いもしなかったよ」
「素敵なお店だったので、常連と化してしまって」
「いやあ、嬉しいなあ」
「不破は後悔しているようですが」
すると、一哉さんは目を丸くした。
「あれは違うよ。素直じゃないだけだよ」
「そうなんですか?」
「穂高が本当に後悔してたら、すげえ冷たい態度とってとっくに夏葉ちゃんを自分から離してるよ」
「そう、でしょうか」
「そうだよ。穂高から優しさが欠落したら、めちゃくちゃ怖いんだから。怒らせない方が絶対にいい」
思い出してもぞっとする。
一哉さんは肩を竦める。
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