第6話



不破と彼女の後ろを通り過ぎ、一哉さんに会釈しながらレジカウンターに向かう。


その足が止まった。



「──ツレ、来たから」



通り過ぎる前に、不破が私の手首を掴んだせいだ。


皆まで言わずとも「ツレが来た」発言の後ろには、「帰って」とか「あっちに行って」のような言葉が続くのだと、不破の雰囲気が物語っている。



女性は気を悪くした様子で立ち上がり、グラスを持って店の奥へと向かっていく。



あんなに盛り上がっておいて帰すだなんて気を悪くするのも当然だと同情し、ひどい人だと不破を見下ろした。


不破の方こそ文句を言いたそうな顔をしている。



「あんた謀ったろ」

「私は何も」

「余計な気をまわすな。絡まれにこの店来てるわけじゃねえんだよ」

「あなたも楽しそうだったけど」

「人当たりがいいんで」

「でも、綺麗な人だったわ」

「タイプじゃねえな」



理解できそうにない不破の行動原理を考えていたが、「タイプ」の3文字で興味の方向が傾いた。


私はいそいそと不破の隣に腰を下ろし、尋ねる。



「あなたのタイプってどんな人なの?」



不破の静かな目に欲を宿すのはどんな人で、不破を恋をしている状態に落とすのはどんな人なのか。想像し難い部分に興味があった。


不破の答えは端的だった。



「うまくやっていけそうな人」



タイプを聞かれた人の答えとして、優しいとか可愛いとかスタイルがいいという条件しか聞いたことがなかったので、不破の答えには虚を衝かれた。



「うまくやっていけそうというのは何?」

「1人で平気そうな人。一緒になんのは結局誰でも良さそうな人」



聞けば聞くほど理解が及ばない。


不破は私を置いてけぼりにしたまま、至極楽しそうに口角を上げた。



「誰でもいいけど俺といるっていいだろ」



意味がわからないあまり眉が寄る。



「他の誰かではいけない、あなたじゃなければいけない、という方がいいと思うわ」

「そんな盲目的に求められてもな。するなら、もっと理性的な恋愛をしたい」

「理性的……」

「その人でなければいけない、なんてものは存在しない。存在しないものは追えないし、望めない。相手は誰でもいいけど、まあ一緒にいようか、くらいで選び合うのが真実だ」



不破の恋愛観は難しい。それは私の知る恋愛ではないからだろう。私ならきっと妥協を見てしまう。


だって、もっと狂ったみたいに思うものでしょう。恋をした相手というのは。



「共感はできない。できないけど、私はあなたを理性的に選んでいる方だと思う」



隙を見つけたのでアプローチを試みれば、不破はまるで反射のように嫌な顔をする。



「あんたは理性云々の問題じゃねえんだよな」

「じゃあ、何の問題?」

「何だろうな。解釈の不一致というか」

「どの解釈に不一致が?」

「さあ。根本的な問題じゃねえの」



表情だけで十分に面倒だと語りながら、あしらう。



「ではそこを改善するわ。あなたが不快でないよう、そのための条件をきちんと守る」

「その辺だよ。あんたの言ってることは理解できねえし、それをなんで俺に頼むのかはもっとわからねえ。なんでそんな俺に固執すんの?」

「それは、」



理由を語ろうとすれば、自分で聞いておいて、不破は答えを遮った。



「いい。今のはちげえ。答えなくていい」



不破はお酒をあおる。喉仏が上下する。グラスを持つ長く太い指が妙に目につく。



「……誰でも良さそうな人がいいと言っても、不破以外の誰かではいけない理由は重んじるのね」



すると、不破は横目を使い目を細めた。



「──そう。矛盾してんの。恋愛観だけじゃねえよ。そもそも俺はあんたを無視すればいいって思わねえか?」



不思議と肩が少しこわばった。


このときの不破が、私の目には初めて、不破でなく、クラブで出会った誰かでもなく、に見えていた。



    

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