第5話


いつものように一哉さんのお店に来た夜、レストルームに入ると、ちょうど女性が個室から出てくる。


小さく会釈して、個室に入ろうとすれば、鏡越しに目を合わせて女性は私に声をかけてきた。



「お姉さん、不破さんの彼女なんですか?」



よく見ると、甚だしく美人だ。



「いえ、違います」

「あ、ほんと? 良かったー。彼女かと思って、ショックだったんですよねー」

「私は違いますよ」

「私、不破さん狙いなんですよ。不破さん、めちゃくちゃかっこよくないです?」



初対面なのにフレンドリーな人だな、と聞き流していたが、不破がかっこいい発言に驚いてしまった。



「……かっこいいんでしょうか、あの人は」



女性は目を丸くして体の向きを変える。



「えー。本気で言ってる?」

「ごめんなさい、素敵な人だとは思っているんですが、かっこいいとは思ったことがなくて」

「どう考えたって顔面強いでしょ。背高いし、足長いし、落ち着いてるし、がつがつしてないし、色気あるし、かっこいいでしかないって」



熱心なトークを前に、もしかすると私は、不破の嫌そうな顔しか見ていないから「顔面が強い」がわからないのだろうかと考える。


女性は楽しそうな笑みを浮かべて、私の顔を覗き込む。



「お姉さん、不破さんの彼女じゃないなら、ちょっと不破さん、お借りしてもいいですか?」

「私の許可は必要ないですよ」

「えー、やったー。じゃあお姉さん、ゆっくり出てきてね」



女性は親しげに手を振ると、待ちきれない様子でレストルームから出ていった。


私はゆっくりを心がけて個室に入り、個室から出て、手を洗って、他にすることもないので鏡を見る。



「……不破ってモテるのね」



素敵な人だとは思っていたが、見知らぬ女性から声をかけられるような人だとまでは思っていなかった。


そんな人に恋をしたいとお願いしても、そりゃあ前向きな返事が聞けないに決まっている。引く手数多でなくとも、わざわざどこの馬の骨かもわからない人間に恋を許可するメリットなんてないのだから。


だからといって引き下がろうとは考えないけど。



時間を潰す方法を探して、鞄からスマホを取り出す。


数分前に双子の姉の日和ひよりからメッセージを受信していた。



【見て! 千尋ちひろと紅葉見てきた!】



木の葉が真っ赤に色付いている写真が2枚。幻想的で美しい景色に感嘆し「きれいね」と返信する。


すぐに日和から返事が来た。



【これは頭に紅葉乗せてるのに気付いてない千尋】



続けて送られてきた1枚は、1人の男の子が満面の笑みでカメラを見ているものだった。彼の頭の上には紅葉が一枚乗っている。



日和の撮った写真を見るのは苦手だ。日和の目線の先にいる彼を知るから。


幸せそうに笑う千尋くんを真正面から拝めば、恋をしている顔を知って、好きな人に向けた優しい目を知って、ああ、本当に好きなんだろうな、と既知の事実を再認識することを強制される。



「可愛いね」と送って、スマホを鞄に落とす。


早く残像を振り払いたい。ゆっくりと言えるくらいの時間は経っただろうということにして、レストルームから出た。



席に戻ると、不破の隣にあの女性がいた。


女性は体を半分不破の方に向けて、不破の目を覗き込むようにして喋っていて、不破も不破で満更でもない様子で返答したり笑ったりしているみたいだ。



ここにも恋があった。



盛り上がっている2人に千尋くんと日和の姿を投影してしまえば、最後、無関係な第三者はこのまま知らない顔をして帰った方がいいのかもしれない、という思考に至る。



    

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