58話

いつもは長い道のりだって、あっという間にたどり着いた。


咲き誇る金木犀の香りに包まれて首を持ち上げる。本日は当たり前に、並んだ二部屋は暗いままだ。



「おやすみ、心雨」


「おやすみなさい」



隣のドアの前に立つ和泉さんに、ぺこりと一礼して、ドアノブを握った。握りしめただけで、捻る力は入らない。


──まだ、一緒にいたいなあ。


「さっきの」


ワガママな欲望が顔を出したその時、和泉さんの声が届いた。弾かれたように振り向くと、和泉さんもまた、部屋に入ろうとしていなかった。



「10人中残り一人が" 可愛い "に投票しないって言ったけど、その回答聞く?」


「知りたいに決まってます」


「もう1人はきっと" 帰したくない "って思う」


「……!」


声が、詰まる。


ことんと首を傾げた和泉さんは、わたしにむかって艶のある微笑みをくれるから、息が詰まる。



「心雨、俺の部屋、来る?」



好きな人と、付き合えること。

会いたい時に、会う理由もなく、会えること。



「行きます!ふわとろのオムライス、作ります!」


「この時間にそのカロリー大丈夫なの」


「……わたしは春雨スープにします……」


「冗談だよ」



一緒に和泉さんの部屋に入ると、ドアが閉まったとほぼ同時に口付けが落ちた。一度、それから二度。軽く重なったくちづけが離れると、和泉さんはわたしを抱き締めた。


「これ、夢じゃないよな」


和泉さんの心地よい声が噛み締めるように聞かせる。


「夢だったら、星占いと神様を憎みますね」


「なんでこないだから星?」


「それはこっちの話です。ところで、和泉さん、ほんとにわたしのこと、好きなんですか?」


「慎重になりすぎて告るタイミング失うくらいには好きですけど、心雨は?」


「私生活ほぼ和泉さん中心で回るくらい好きです」


「あー、じゃあ俺は付き合う前から将来設計するくらい好き」


「……」



愛の大きさ戦は、黙ったわたしを和泉さんが塞ぐので、今日のところはドローにする。顔が離れた代わりに目が合えば、同じタイミングで微笑んで。


目を閉じたタイミングで再びくちびるが重なる。


額がぶつかると、背中に回された腕はさらに強い力でわたしを抱きしめた。



「途中で、やっぱやめたはナシは」


「もちろんです。わたし、かなり愛が重めですよ」


「へえ、俺も。お揃いだね?」


「……本当ですね」

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