59話

蒼井心雨、若干ハタチの大学3年生。心の雨と書いてみうと呼ぶこの名前を、わたしはとても気に入っている。



突然だけど、わたしには夢がある。簡単なもの、家族に告げるのも難しいほど困難なもの。それから、女の子であれば誰もが憧れるものの、みっつだ。


自分で貯めたお金で好きな人に可愛くしてもらうこと。それから、好きな人と付き合うこと。


そのうちのふたつが一気に叶った、秋の夜。おかげで、キンモクセイのあたたかい香りを嗅ぐと、瞬く間に思い出されるの。


もうひとつ?それはまだ、内緒です。


でもね?付き合ってしばらく経ったころ、躊躇いがちにその夢を告げると、和泉さんはその言葉を受け止めて、快く引き受けてくれたの。


:




「あ!あの看板"MIU"だ!」


「可愛いよね〜。最近バラエティにもでてるけどさ?顔もだけど、髪の毛の透明感やばいし、髪型も毎回かわいい」


「髪の毛の水分含有量えぐいよね。どこの美容室通ってるんだろ」


「ばっか!モデルだよ?専属のスタイリストが定期的にケアしてるに決まってるじゃん」


「専属かあ……いいなあ」


「いいよねえ……転生するしかないね」




転生するんじゃなくて" Ciel "って美容室に行けば、MIUを良く知る美容師が、きっと、同じ髪型にしてくれますよ。


にやにやと頬を緩ませていると、隣にいる男性はわたしを見て、いや〜な顔をした。マスク越しだって言うのににやけているのがバレたって?知り合って十年近く。蒼井心雨検定特級の人なので、毎日、毎秒、油断ならない。


「だって。羨望の眼差しを向けてくれる少女たちに、店名教えていいかな?ご指名が増えたら藍さんのお給料上がっちゃうね?」


「わー、今よりもっと忙しくなるねー」


「……藍さんが忙しくなるのは嫌だから、やっぱり秘密にする」


「俺は心雨専属ってことで、いいんじゃないの」



良いどころか、花丸満点の、最高得点だ。


自分らしさなんて、今でも分からない。


家族と一緒にいる時のわたし、和泉さんの隣にいる時のわたし、友達と一緒にいる時のわたし、仕事中のわたし。


どれも全部、わたしという一人を構成する一部だ。意地っ張りでも頭が硬くても、わたしがわたしでいれる場所を受け入れてくれる人がいることで、自分らしさを見つめていけるのだ。


怖いのは、大きな輪に飛び込むはじめの一歩だけ。その先、踏み出した世界は輝きに満ち満ちている。


疲れたら、たまにはベランダで乾杯しよう。


なんの変哲のない毎日を称えて、くだらないことで笑いあって、手を繋いで、瞬きみたいに一瞬で過ぎ去る秋の夜を愛おしもう。


ブルーな過去の初恋も、あなたと一緒ならあたたかい色で彩られてゆく。


あなたの隣で、どこまでも青い恋を、二人で。




初恋が隣に越してきました


ーFinー

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