56話

「お風呂だって合鍵だって、わたしを女と思ってないから平然と出来てたんですよね?」


「ああ?平然なわけあるか」


「!?そ、そもそも、わたしのことを妹みたいって言ったの、和泉さんです」


「言ってねえよ」


「言ってました!碓氷さんとか相沢さんたちと一緒に!」


「……言ったっけ?」


「わたし、ちゃんと聞きました」


言ってしまえば、時効とも呼べるほど昔のことだけど、わたしの鼓膜にこびり付いているの。錆よりも根深く、磨いても綺麗に落ちない。


しっかりと凹んで、沈んでみせる。



「……みう」



そんなわたしの、心を撫でるような優しい声で、和泉さんは宥める。



「なんかの拍子に言ったかもしれないけど、心雨のことは、妹と思ったことなんてねえよ」


「……本当ですか?」


「あのな、考えてみろよ。妹と思ってるやつにキスなんかするか?だとしたら俺相当な変態だろ。いや、変態なのか?とにかく、どうも思ってない女の風呂の面倒とかガチでどうでもいいし、合鍵なんかいちいち渡さねえよ。めんどくさいし。俺、自分で言うのもなんだけどかなりの一途だし、ほかの女に合鍵渡したことねえよ」


和泉さんはこの間、最低限の息継ぎで答えをくれた。嬉しい言葉も渡されたはずなのに、かなりの不機嫌さを孕んだ声に、つられてわたしもムキになる。


「だ、だったらあんな風に、ついでに、軽く渡すんじゃなくて、説明をくれても良かったじゃないですか!」


「じゃあ一旦返せ、やり直すから」


「嫌です、返しません。返したくないです!」



あれ?これ、告白だよね?喧嘩になってない?


如何せん、初めての経験なので正解が分からない。

たぶん、告白って解釈で合っている……だろう。



「そもそも、付き合うイコール結婚な女に、軽々しいこと言えないことくらい、分かれよ」



それも、ちゃんと覚えてくれていたんだ……。



「……そうですよね、やっぱり重いですよね……別に、結婚は考えて貰わなくても」


言いかけると、額に軽いデコピンが落っこちる。痛くはないけれど、しっかりと驚く。


「ばーか。考えてるから簡単に済ませたくなかったんだよ」



ぱきりとした声で、和泉さんは言い切る。聞き取りづらい嗄声も、はっきりと聞こえた。


……そうなの?と、事実だけがわたしの脳内に刷り込まれてゆく。



「和泉さんは結婚願望無いって聞きましたよ」


「誰に」


「和泉さんの、お友だちって人です」


「心雨以外と結婚する気が無いだけ」



平然と告げられたワードに鼓膜が驚いて、耳がじんわりとした熱を帯びる。

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