55話
「心雨、頑張れよ」
「頑張りますよ」
「振られたら、飯奢ってやる」
え……それは振られるのもありだ。
和泉さん、優しすぎないですか?二人で飲食店に出かけたことがないので、振られることもご褒美に変わってしまうし、和泉さんを好きで良かった〜と、つくづく思う。
「じゃあもしも振られなかったら?」
軽くなったこころで、訊ねてみた。好奇心が味方になったのだ。まさか、あんな一言を聞かされるなんて、皮膚や細胞レベルで驚いた。
「奪い返しにいこうかな」
サラッと聞かされた言葉に耳を疑い「え?」と、すぐに聞き返した。" 歌いに行く"の言い間違いだと、勘違いしたのだ。
高めのヒールを履いているから、近い位置にある視線。和泉さんの口元は丁寧にあげられているけれど、目元は寂しげだ。優しく下げられた目尻が、なんだか儚い印象を抱く。
「だから、行くなよ心雨」
薄いくちびるが紡いだ言葉に、ぎゅっと心臓を掴まれる。
ああ、和泉さんはやっぱり意地悪だ。いままで順当に、予定通りを歩いていたのに、まさか、ここに来てのイレギュラーだ。
好きな人にそんなことを言われたら、大抵の女子は頷くに決まってる。もちろんわたしも、分かりました!行きません!って、声を張って伝えたいのを我慢した。
だって、和泉さんに伝えなければ、終わることだって始まらない。足踏みばかりでは前にだって進めない。
「嘘。暗くなる前にさっさと人通り多いとこ行け。がんばれよ」
言いたいことを勝手に告げた和泉さんは、店内に戻ろうとする。だからわたしは声をあげた。
「和泉さん!」
声が震えた。目線の先にいるひとは、すぐに振り向く。わたしが名前を呼ぶと、いつだって振り向いてくれる人。勇気をもて。自分を鼓舞してくれるのは、自分だけだ。ちっぽけな自信をその手に掴んで、胸に募らせた想いは、言葉にしなければ永遠に伝わらない。
「わたしの好きな人って、和泉さんです」
「……は?」
「わたし、今日、和泉さんに告白したくて、和泉さんにカットして貰ったんです。行くんじゃなくて、和泉さんを待っていたいだけです。……あ、これ、手紙です、あとで読んでください」
勢い任せに手紙を渡し、作戦を告げると、和泉さんは何かを考え込んでしまった。
「……待って、好きな人に妹と思われてるって、あれ、俺のこと?」
「そうです」
ゆっくりとこころを吐き出す。すると和泉さんは眉間に縦じわを寄せているので、相当ご不満な様子だ。
「……妹じゃないけど……」
当たり前のことを噛み締めるように告げる和泉さんに、怯みそうになる。
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