52話

和泉さんは、まさかわたしが予約しているとは思っていないだろう。本名で登録すると" なんで俺に言わずに予約したわけ? "と責められることを恐れて、偽名を使ったのだ。良い子は真似しないで欲しい。(あとでちゃんと謝ろうと思う)


それから、予約の際に驚いたことがある。和泉さんの予約がかなり埋まっていたことだ。やっぱり、顔がいいから人気だろうな……と邪な考えが過ったのは一瞬だった。和泉さんにとっては失礼に値するから、純粋に、技術で選ばれているのだと思う。


革張りの椅子に腰掛けて、ふんわりとしたケープに包みこまれていると、鏡越しに女性と出会った。案内してくれたひとは、何故か、じーっとわたしを見つめている。ほんのちょっぴり、嫌な予感がした。



「赤井さまって、誰かに似てるって言われません?」


「えッ!?そうかなー、はじめて言われました!あはは!」


当たって欲しくない予感が的中して、声が変に裏返った。


じつは、今日はスッピン風メイクではなく、プロにレクチャーしてもらったメイクのノウハウを駆使して、一番好評だったメイクを施しているのだ。


「似てますよ!誰だっけなあー……」


思い出さなくて大丈夫です!を、こころの中で叫んでいると「……みう?」と、鼓膜に馴染んだ声が届いた。


鏡越しの和泉さんと目が合う。このケープがなければ、救世主メシアの登場に飛びつきたくなるけれど、和泉さんの迷惑がかかるので「お疲れ様です」と、丁寧に会釈をした。


わたしよりも驚いたのは、わたしを案内してくれたスタッフさんだった。


「え!?心雨ちゃん!?」


「はい。……え?心雨ちゃんって?」


「あ、はははー、失礼しまーす」


何故か、先程のわたしのような笑い声に変わったその人は逃げるように立ち去ると、数秒後、鏡越しに和泉さんと目が合う。


「なんでわざわざサプライズするかな」


「突然" 来ちゃった "感を演出してみたかったんです」


「いちいち心臓に悪いんよ、それ」


「すみません」


へらっと笑うと、和泉さんはわたしの髪を手で解いた。いつもよりあたたかい指先は、丁寧に髪を撫でる。


「フルコースでご予約でしたけれど、今日はどうされますか?」


予想内の質問、キタ。


アドリブが苦手なわたしは、貰うであろう質問に対して、いくつかの候補をまとめていたのだ。


「実はわたし、いまから告白に行くんです」


用意していたアンサーを胸の内側から伝えると、和泉さんの手がピタリと止まる。


「……告白?」


「はい。だから、史上最強に可愛くしてください。この子から告白されたら絶対に断れないだろうってレベルで、和泉さんにお任せします!」



ふうん、とゆるく頷いた和泉さんは、まさか、告白の相手が自分だとは思っていないだろう。


昨夜、このお店を予約したあと、上手に告白できないおそれもあったので、手紙も書いた。一枚では書き終わらず、五枚にも及んだ。



「……髪色と、長さは?」


「お任せします」


「俺の独断と偏見でいいの?」


「和泉さん好みが良いんです」



好きな人がいる人に告白するので、玉砕覚悟だ。

しかし、玉砕をするのなら爪痕を残したいと考えた。


わたしの作戦はかなり安直なものだ。和泉さんに、和泉さん好みの髪型にしてもらえば成功率が上がるのでは?という付け焼き刃のものだ。


失恋したから髪を切る、ではなく、失恋するから髪を切る作戦。

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