49話
寝返りを打つのも億劫で、窮屈さを感じた時、自分が寝ていことに気付いた。女子としてはまずメイク落とし諸々の心配をすべきなのだけれど、それより先にスマホにいのちを灯す。お叱りを受けるのは承知だ。
時間としては、夜のまんなか。スマホにはメッセージが何通か届いており、その中でも、一番にその人を捉えた。
《おめでとう》
このメッセージはおそらく、給湯器復活に対する祝辞として受け取る。問題は、その下にあるメッセージだ。
《みう、起きてる?》
状態としてはたしかに起床した直後である。しかし三時間も前に届いたメッセージの返事とこの答えはイコールで結ばれてはいない。
いちおう《起きてます》と、嘘では無い文字を打つ。いまさら返したところで、返事が届くのは数時間後だろう。
わたしの予想とは裏腹に、案外、すぐにスマホは画面を更新させた。
《寒い》
謎のメッセージとともに送られてきた月と缶チューハイの写真は、100パーセント、ベランダから見える満月だ。しかも、見慣れた風景を見るに、場所はこの部屋のお隣である。
大きめのストールを肩に巻き、カラカラとドアを開けた。途端に吹き込む金木犀の香りが夜の世界と混ざり合う。
まず、夜なのに異様な明るさに驚く。正体は、ネイビーの空にぽっかりと浮かぶ、夜の王様。
「わあ、満月だ」
「な。すげえデカい」
「まんまるのお月様を見ると、月見系食べたくなりますよね。月見バーガー、まだ、今年は食べてないなあ」
「俺と話す時の心雨、食べ物の事ばっかだな」
「!」
くつくつと、平坦な笑い声が隣から容赦なく届いて、我に返る。なんて色気のない会話だこと。
「心雨、起きてるって言ってたけど、正しくは、おはようだろ」
お隣の和泉さんときたら、意地悪な笑顔では無いけれど、目に悪意が込められている。非常に不愉快だ。
「……黙秘します。最近お忙しいんですか?」
なので、こういう時は話を変えるに限る。和泉さんとは七年の付き合いなので、立ち回り術を知っているのだ。
「少しだけ。心雨は頑張りすぎてない?」
ほうら、話が変わった。
ひとりでガッツポーズを決めて、心の中でほくそ笑む。
「……頑張りすぎてはないけれど、ちょっとだけ和泉さん不足です」
調子良く告げると、和泉さんはきょとんとした顔を向けてきた。イケメン台無しの顔である。わたしとしては、非常に不服だ。
「……なんですか、その顔」
「心雨が急に懐いてきてビビってる顔」
「ひどい。もうお部屋に入ります」
「あーもう、嘘だから、寂しいこと言うな」
寂しい、だなんて。
「一昨日会ったのに、容量すくな」
誰でも言える言葉だ。でも、踵を返そうとした足を止め、ベランダに凭れた。和泉さんの言葉には一瞬で絆される、素直なわたしの身体。
「ほら、ここ数日、毎日のようにお風呂上がりはプロの極上うるつやブローを頂いてたじゃないですか。それも無料で。お風呂上がりのケアを久々に自分でするとなると、とてつもなく面倒で……」
「……まさか今日も自然乾燥なわけ?」
じろりと目つきが鋭くなるので、あわてて「ちゃんと乾かしました!ほら!」と、髪の毛のひと束を掬ってみせる。しかし、和泉さんは「ふうん」と、ゆったりと頷いただけだ。
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