46話

「どうしたの、心雨」


千惺の優しい声が届いた。この優しさに飛び込んで、聞いてよ!と言えばいいのに、平気なフリをして、上手になった笑顔を貼り付けて「なんでもない!」と、強がることしか、わたしは出来ない。



「今月の運勢が最悪だったの、今思い出しちゃって、はは。いい事あったと思ったら、悪いことばかり目に付いちゃうの。星占いでさ?恋愛運なんて最悪だったよ」



──……苦し紛れの言い逃れを零すことが精いっぱい。


「良いことが続くとそれに慣れちゃって、普段は平気なマイナスが倍になるって気持ちは分かるかも」


「……ん、その状態だったの。だからほんと、何でもなくて……」


「じゃあ、なんでもない心雨に、私がなんでもないことを話すね」



千惺はなぜかハンカチをくれた。おかげでわたしは、自分が泣いていることに気づいた。こんな場所で泣いてしまえば、千惺がわたしを泣かせているみたいで、あらぬ誤解を生みそうだ。


だから、急いで涙を止めた。でも、泣き止めと自分に命令しても、とめどなく涙が零れて、仕方なかった。


心の傷を隠したかっただけなのに、もう、自分でどうしようもないことにも、気付いてしまった。



「恋でも勉強でも運動でもお金でも。幸せになるチャンスっていうのは平等に分け与えられているの」



涙を流したおかげで、感情が空っぽになって。熱でぼんやりとする頭の中に、千惺の声が浸透する。


「チャンス……?」


「星占いは自分を後押しさせるツールのひとつで。ただ、やってきたチャンスを自分で掴むか、黙って見過ごすかで運命って違ってくると思うな」


「自分で、掴む」


空っぽの脳内は、千惺の言葉で満たされる。


復唱すると、千惺はわたしの後押しするように深く頷いた。


「今のバイトだってそうでしょ?心雨が" 可愛くなりたい "ってきっかけを見出して、チャンスを掴んだでしょう?あれもきっと、初恋の人を見返したかったのね。でもさ。心雨はもう少し自分に自信持ちなよ。自分を守るのは大切なことだけど、ちょっとは勇気出してみてもいいんじゃない?それに、好きな人に、女として認知させるチャンスなんて、ひとつしか無いとおもうな」



千惺が何かを伝えようとしてくれているけれど、いま、空っぽの状態で考えをまとめることは、残念ながら困難だ。なのでことんと首を傾げた。



「……それは、なに?」


「ふふ、秘密よ」



千惺は肝心なところで意地悪だ。……いや、敢えて、甘やかしてくれない。あたたかいけど厳しい人って、千惺や和泉さんみたいな人達だ。


認知してもらう方法、か……。


咄嗟に、スマホで検索しようとして、その手を止めた。


ひと目で見て学んだ気になっても無意味だ。自分で考えることを辞めるとプライドもなにもない、知識として残らないと思えたからだ。



……和泉さん、好きな人がいたんだ……



あの日の" でも "に続く言葉は" 好きな人がいる "だったのかもしれない。和泉さんはわたしに伝えようとしてら辞めたのかもしれない。


──こんなの、失恋、決定じゃん。


ぼうっとする頭でその事実を噛み締めると、再び涙が零れた。千惺はわたしが泣き止むまで、何かを問い詰めるわけでもなく、ずっとそばにいてくれた。

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