45話

「和泉さんの彼女じゃないんですね」


「まさか。藍は仕事人間だし、結婚願望もないし、付き合っても無駄だもん」


そうかなあ、と。言いかけて、やめた。


結婚願望が高くないと、付き合っても無駄なのかな。


……違うと思うんだけどな……?


恋愛IQ5の女が言っても説得力はゼロだと思う。もちろん、わたしの恋愛IQが高くても、わたしと彼女の価値観がちがえば、いくら言葉を並べても無意味だ。


心にモヤモヤとしたものが心に残る。



「藍とは、寂しいときにちょっと寝るのにちょうど良くて、ソウイウ付き合いをしていたの。藍、顔だけは良いじゃない?カラダも綺麗だし、どうせなら良い男と寝たいって女なら思うでしょ?」



でしょ?と、言われても。会ったばかりのわたしに何故理解を求めるのだろう。


言葉を溜め込んでいると、煽るようにもちあげられたリップに、カン、と脳内でゴングが綺麗に鳴った。


「顔だけじゃないです」


「え?」


「和泉さんは、顔だけじゃないです。訂正、してください」


正面から「心雨?」と、千惺の声が聞こえた。心配してくれているって、声色から理解出来た。しかし千惺を見ることもせずに、女性をしっかりと見据える。


「は?なんなのあんた」


「和泉さんは他人を気遣える人だし、料理が上手だし、何より他人に勇気を与えてくれる人だし、他人本意の考えを持てる人です。顔だけじゃありません!訂正してください!」


「なあに?そこまでムキになっちゃって」


若いのね、と。笑い混じりの声が、鼓膜へ引っかかる。悔しい。和泉さんのことを外で、何も持っていない人だと吹聴されるのが腹立たしい。



「心雨、店内だから一旦落ち着こ」



千惺の声が浸透すると、頭の熱がスっと冷めていく。


……そうだった……ここは、自分の家じゃあない。


若いって言われても、これじゃ反論できないや。こんな事で簡単に熱くなって、冷静さなんてありもしない。



「突き飛ばしたお詫びに、教えてあげる」



その人の耳にさげられたピアスがゆらりと揺れる。


もういいです、と、断る元気も余裕もなく黙っていると、彼女は妖艶に微笑んだ。



「付き合う以前の問題なのよ。藍ね、ずっと好きな人がいるの。その子の代わりだってこと、藍と寝た女はみんな知ってるわ」



ずっと、好きな人がいる──……。


そのワードがぐさりと心臓を抉る。


そんなの、知らない。知っている人のはずなのに、何も知らない、初めて話す人がわたしの知らない和泉さんを語る。



「ああ、お兄ちゃんに聞いたかしら。じゃあね、妹さん」



女性は羽織っていたカーディガンを肩にかけ直すと、わたしたちから去っていった。薔薇に似た香りがやたらと鼻に残った。



「心雨が取り乱すの、珍しいじゃん。なにあのマウント女。心雨の知り合い?」


「……知らない……」



知らない、全然知らない。わたしには手も出してくれない。あの人が言う" 寝る "は、それ以上の事だって、子どもじゃないから分かるし……わたしとは、ソウイウ関係にさえなってくれない。



──やっぱり、妹、だから?



好きな人のことが分からないって、星座占いさん。


好きな人の気持ちが分からなくてモヤモヤするのも悲しいけれど、好きな人の気持ちが分かっても、やっぱり虚しいです。

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