44話



「どうしたの、心雨。顔が死んでるけど、綺麗なお顔が台無しよ?」



本日は千惺さまとランチの日だ。お互い空きコマがあるので学食ではなく、ちょっと外に出て千惺オススメのカフェに向かう。映えることもさながら、美味しいとオススメのカフェだ。


女子同士ではなく、カップルも多い店内。あのカップルはどんな段階を踏んでお付き合いを始めたのかな……と、ため息を落とした瞬間に、千惺には見破られてしまった。


「な、なんでもない!」


「本当に?」


ピンと上にあがったアイラインが、鋭くわたしを捉える。


ほんとうは、なんでもなく、ない。


四つ年上の千惺は、わたしよりずっと恋愛経験豊富だ。


千惺だけじゃない。大海原を飛び跳ねて泳ぐ魚ようにすいすいと恋愛を楽しむみはるだって、夏休み中彼氏とほぼ同棲状態で、就活せずに結婚するとか言い始めたあの子だって。


恋愛経験が豊富ということは、恋愛にまつわる行き場のないくるしみや虚しさを飲み干して、はじめの一歩、おまけの一歩を踏み出しているのだ。



ぎゅっと膝の上で両手を握りしめた。少しばかりの勇気を握りしめたのに、すぐに滲む手汗が不快だ。



「千惺、あのね。友達の、」



話なんだけど……は、口の中に消えた。常套句を使って心の中のものをぶちまけようとしたのに、向かい側から歩いてくる女性が何故か視界に入って、強制的に表情筋が固まる。


何故ならば、わたしと目が合った女性は、何故かにこりと微笑んだのだ。


初めて入店したお店で会うのは、知らない人ばかりのはずだったわたしは、当然混乱した。事実、頭の回転数をあげて、必死で記憶のスクリーンから顔と名前を一致させる作業に必死だった。


「この前はごめんね?大丈夫だった?」


その女性はわたしたちのテーブルに近づくと、やはり、知っている素振りで口を効く。


この前は、ごめんね。


回転数を早くさせたおかげで、例え二語だとしてもかちりと重なったピース。


そうだ。この女性は、いつかのあの夜、わたしを階段から突き飛ばした張本人。和泉さんの彼女疑惑を勝手に掛けていた、容疑者Xだ。



「いえ、怪我も無いですし、気にされないでください」


「藍から聞いたけど、友達の妹、らしいのね」



人見知りを発揮させたわたしは二言目でもう" さようなら "のはずだったのに、その人は話を続ける。


しかも、藍、だって。


その二文字を紡ぎ、奏でるソプラノが、ざらりとした感情を連れてくる。


「……はい。えっと、和泉さんの……」


「ああ、ただのお友達よ?」


ただのお友達があの時間にお友達の部屋の前で『サイッテー!』なんて捨て台詞、言わないと思う。含みを持たせた笑顔を浮かべ、さらりと髪の毛をかきあげる女性の真意が、わたしにはまだよく理解できない。

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