煙草と恋心

42話‎𖤐苦いタバコ

みなさん、大変です。

和泉さんと、キスしちゃいました。



髪の毛に落とされたグリーンアップルの香りが漂う度に、くちびるに先程の熱が蘇る。布団を被ると、昨日の余韻がベッドの中に、まだ、潜り込んでいた。



──「きす、しちゃった……」



いまさら、耳が熱い。いや、それよりも、触れ合っていたくちびるの方がもっと熱い。こころの内側を叩く心臓の音がうるさいし、がた、がた。壁一枚へだてた先で物音が聞こえると、それだけで疼く。



恋愛経験数多の同世代から見ると、それだけ?と言われるかもしれませんが、恋愛初心者のわたしにとってはかなりの大問題だ。


どうしよう。昨日の今日で、顔を合わせるのが恥ずかしい。


和泉さん、なのに……。



「……学校、行こう……」



腰元まで伸びた黒髪を櫛で丁寧にブラッシングしつつ、ある願いを込める。


どうか、朝は和泉さんと会いませんように。


いや、違う。天邪鬼な神様は、わたしの祈りと正反対の答えをくれるから、和泉さんに会いたいです!と祈る方が吉だろう。


わたしのオカルトチックな思考はどうやら正解だったらしく、おかげで和泉さん回避は成功を収めた。虚しい喜びだ。


本当に、虚しい。


ちなみに、今日のバイトは軽い打ち合わせのみで、特に何も無い。そういう日のルーティンは、ジム通い、または身体のメンテナンスと決めている。しかし、ジムで体を動かすと必然的に汗をかくので、整体に行った。


ジムのシャワーを借りればいいじゃんって?

……何となく、勿体ない気がするのです。


という訳で、夜ご飯も作り終えたし、家事も一段落したので、とりあえず資格の勉強中だ。しかし、残念ながら勉強も身に入らず、10分机に向かってはスマホで検索、を繰り返している。目下の問題はこれだ。


お風呂、どうしよう……。


ノートパソコンの画面を閉じて、脱力する。


……て、こういう時の為の合鍵では?


そうだ。和泉さんが帰ってくる前にお風呂を借りれば万事解決!預かっていて、大正解だ!


きっとこれがわたしの最適解。迷宮入りしていた今夜のお風呂問題に、パッと後光が差した。早速お風呂セットを用意して、おすそ分けする分の晩御飯をタッパーに詰め込んで、玄関のドアノブを捻る、と。



「なにしてんの?」



お生憎さま、和泉さんもたった今帰宅したらしい。ドアを開けた瞬間出会すのだから、自分のタイミングの悪さに辟易する。間抜けだ。それ以外にいまのわたしを言い表す言葉がない。



「お、お言葉に甘えて、勝手にお風呂をおかりしようと」



気まずくて、たどたどしい言葉になってしまう。笑顔を貼り付けても、120パーセント変な、もとい気色の悪い笑顔になっているはずなので、やめたほうがいい。


「ふーん」


和泉さんがやる気なく頷く。その、平然とした態度と、温度のない目線が今日は痛いです。


ここに来て、やっぱ間違えました!はおかしいし、ええっと……。


自分のアドリブ能力のなさにうんざりしちゃう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る