40話

ご飯を食べ終わると、和泉さんがお皿を洗う、と言うのでもちろん一悶着した。



「わたしが洗います!」


「少ないから座ってろ」


「嫌です」


「じゃあ心雨の家では心雨が洗って。俺ん家では俺がする」


「……次はわたしの番ですからね」


「そうして。その次はまた俺な」



……今日より皿の枚数増やしてやる……


と、意気込んだのは一瞬。


……あれ?と、あることに気づいてしまって、お腹の辺りがむず痒くなった。さらっと次の約束が出来てしまったのだ。


この様子だと、和泉さんはまるで気にしてないだろう。


息をするように次の約束をするのだから、わたしは一秒も油断ならない。


白いロンティーが濡れないようにと捲られていて、筋張った腕と骨が浮いた手の甲が視覚的によろしくない。もちろん、良い意味で。


なので視線を縫い上げた。耳の裏には使われていないピアスホールがいくつもある。こう見えて、和泉さんはピアスをいっぱい付けてた人なのだ。最初は宗教のひとつだと思った。



……ふと。



壁を見た瞬間、わたしの目にあるものが飛び込んでくる。本棚の隙間に、しゅるりと何かの影が動いた。間違いなく、動いたのだ。──小さくて黒い物体が。



「!!」



反応よりも先に、目の前にある和泉さんの腰に抱きついた。腕に水飛沫がかかる。


「なに、どうした」


「そ!そこ!なにかいます!」


「は?怖いこと言うなよ」


「い、います!絶対いる。絶対絶対いる……!今、動きましたもん」



そこ!そこです!と、指を指し示す。対象物はわたしが発見して以来出てこない。どうやら、籠城作戦をとるらしい。知能犯か。



「へえ、ゴキかな」


「い、いいい、居るんですか!?住まわれてるんですか!?同居されてるんですか!?」


「見たことないし」


「やだやだやだ無理です無理!森へおかえり!ここはお前の住む世界じゃないのよ!!」


「ウケるんだけど」



両手で必死にしがみつく。こういう時、普段であれば、わたしはお兄ちゃんの背後で駆除されたか見るタイプだ。見なければいいのでは、と言われるけれど、目視しないと安心出来ない、というかなりめんどくさい思考を持っている。


なりふり構っていられない。もしも対象物がGならば、きちんと居なくなったことが確認できない限り、今後和泉さんの家には上がれない。


和泉さんがトントンと壁を叩くのを、背後からそろ〜っと見つめる。



「あ、ほら、トカゲじゃん」


「な、なんでトカゲが……」


「ベランダ開けた時入ってきたんじゃないの。天気悪いし。ごめんなあ、出ていきなね」



そう言って和泉さんはしっかりとトカゲをベランダの外へ逃がすので、最後まで見守るとやっと平和が戻る。


ああ、良かった。出来ればお互いのためにも、我が家には入ってこないで頂きたい。


……隣だし、もしかしたら家にも避難しにくるかな?


「ところで、そろそろ離してくれると変な気を起こさなくて済むかな」


「は!!」



言われて、しっかりと気付く。


和泉さんの腰にしっかりと巻きついている自分の腕と、ぴたりとくっつく自分と和泉さんの身体の境界線に。


「す、すみません!」


気づいたからには、そのままでは居られない。


慌てたように後退りをすれば、背後にあるソファーに気付かず身体がよろめいた。不安定な足元が心もとなくて、手を伸ばす。しかし、重力に従い傾く身体は止められない。


「!」


とさり、ソファーに着地した背中。驚くほど痛みはない。視界は異様に暗い。和泉さんの身体が天井のライトを遮ったからだ。

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