38話
和泉さんが振舞ってくれた料理は、ペペロンチーノだった。今日も和泉さんがブローしてくれたので、お風呂上がりにすることはほとんど終わっている。イコール、わたしはひどくご機嫌だった。
「美味しい!このペペロンチーノ、美味しいです!」
「そりゃ良かった。良く食うな」
「だって美味しいです。給湯器壊れても、こんなご褒美があるなら、飛び跳ねて喜んじゃいますね」
シンプルな料理こそ、逆に味にごまかしが効かないので難しいと聞くけれど、本当にそうだ。細い麺にオリーブオイルの香りがほどよく絡んでいて、お世辞抜きに美味しい。
くるくると細めの麺を巻き付けていると、和泉さんは何故か食べずにじっとわたしを見ているだけだ。
顔面偏差値ぶっ壊れな人を見るのは見慣れたけれど、和泉さんとなれば話は別だ。好きな人にまじまじと見つめられ、不安に思わない女は居ないと思う。咀嚼のペースがだんだんと落ちてゆき、ごくりと呑み込む。
「……ニンニクとか、気にならないわけ」
「は!!」
しまった!和泉さんの手料理〜って浮かれちゃってたけど、ニンニク!!だから和泉さん、料理作る前に『ペペロンチーノで良いの?』って聞いたんだ!?
ガーン……ガーン……ガーン……と、効果音が脳裏をぐるりと何周か走っていると、遂に和泉さんは「ふは」と破顔した。
「大丈夫だよ。ちょっと少なめしたし、俺もお揃い」
和泉さんはそう言って、自分のペペロンチーノをフォークに巻き付けた。
……お揃い、だって。
その言い方が、二人だけの秘密に思えてしまって、すぐに調子に乗ってしまう。和泉さんはわたしを転がすのがとても上手だ。蒼井心雨操作技能検定があれば、二級は取得しているだろう。
「そういや蒼井から、簡単につくれる飯教えろって言われて、これ教えたわ」
ふと、和泉さんが兄をなぞる。
それもなんだか、素直に頷けない。わたしが一人暮らしを始めて、一度も家事のことを聞かないくせに、和泉さんには聞いたって言うの?
今日みたいに、どうでもいいことは聞くくせにさ。
「妹のわたしじゃなくて、和泉さんに聞いちゃうんですね。お兄ちゃんは」
パスタをくるくると巻き付けて、つまらなさそうに口をとがらせた。
「聞いてくれたら、すぐ教えるのに」
お兄ちゃんにとってわたしは、よっぽど子どもに見られているらしい。
曲がりなりにも、お母さんの代わりを8年続けていた。最初は不慣れなことばかりで、火傷もしたし、ゴミを入れる袋から間違えるし、お父さんのスーツを洗濯して、ダメにしたこともある。
お兄ちゃんもお父さんもわたしが失敗する度に、責めることは一度もせず、ただ" ありがとう "って微笑んで。頑張ったね、の気持ちを乗せて、頭を撫でてくれた。
……でも、知ってるの。一度も泣いたところを見たことないお父さんが、お母さんを想って、リビングで泣いていることを。
だからわたしは、絶対に泣かなかった。
たまにお母さんを恋しく思う時も、大学に受かった時も、家を出る準備をする時も、お父さんたちの前では絶対に泣かなかった。
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