29話

何回も、何十回も、何千回も期待しても、結局落ち込んでは期待して、の繰り返し。


" 妹みたい "


わたしは、妹。恋人同士のあれこれを、期待してはならない。


和泉さんに彼女がいるのか、それとなくお兄ちゃんに聞いてみようかな……。いや、カウンターが怖いからやめておこう。


他にお兄ちゃんのお友達で話しやすかった、碓氷うすいさんもおしえてくれそうだけど、これまたカウンターがおそろしい。


誰もいない部屋に入ると、明かりをつけ、部屋干ししていた洗濯物を取り込んだ。


バウムクーヘン、いつおすそ分けに行こう……。


「は!!」


ブラジャーをきちんと折りたたんでいる途中、ぴたりと手を止めた。


今日のわたし、正直おかしい!星占いといい、和泉さんのことしか考えてないじゃないの!


洗濯物を握りしめて、そのまま浴室へ向かった。

読んで字のごとく、煩悩を洗い流そうと思ったのだ。


ミストに設定されているシャワーヘッドをジェットに設定し、勢いよく水を流す。いい感じだ。まさに滝行とも呼べる状態である。しかし、お湯に変わる前から水を被っているのに、何故かあたたかくならない。


いい加減に、寒い。


違和感に気づき、お湯の設定を確認した。設定温度はたしかに48℃だ。しかし、見慣れないマークが点滅していた。こういう時って、大抵良くないことが起きている。なんだか嫌な予感だ。



『蒼井さんが希望される時間だと、うちで契約している業者さんは来週末にしか空いてないみたいなんだよねぇ』


「そうですか……来週……」


冷えた身体をタオルで拭いながら大家さんに連絡すると、すぐに答えをくれた。どうやら、給湯器の故障らしい。


大家さんとなんてない挨拶を終えて、張り詰めたものを払い落とすよう、がっくりと肩を落とす。


軽く言ったけど、来週までお風呂が使えないって女として詰んだ。星占いがわたしを見てほくそ笑んでいる。


気分を入れ替えようとベランダに出ると、秋の夜風が肌を滑る。救世主を探そうと、スマホで【銭湯】と検索をかければ、地図に赤が点在した。


たしかに星は沢山あるけれど、そのどれもが絶妙に遠い。


ふたたび肩を落として、スマホの明かりを消す。


今日のお風呂は諦めて、明日、誰かにお風呂を借りよう。最悪、バイト先にシャワールームがあるから、それで凌いで……。


これからのお風呂事情をぼんやりと明らむ遠くの空を見た。



──「お母さんは星になった、か……」



よく出来た言葉だと思う。祈りを込めて、流れ星に手を合わせるその様子は確かに、人を悼むかたちに似ている。



心春こはるさんはね、お星さまになったんだ』



お母さんが亡くなった時、わたしはまだ小学四年生だった。お父さんなりの慰めの言葉だったのだろうけど、もう10歳だ。心の中では『そんなわけないじゃん』と、何度も反論した。憔悴しきったお父さんを見ると、反論なんて出来なかった。


雨のにおい、不気味な程に揃えられた真っ黒な服、夢のような笑顔のお母さん、お線香の香り、異様に寒い部屋、夜の記憶は脳裏にこびり付いて消えない。


あの頃から、わたしは必要以上に感情を露にしなくなったし、他者に甘えることを辞めた。



──『やめたいなら、やめていいんじゃないの』

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