28話

最寄りのバス停から徒歩5分足らず、いつものように、夜が賑やかになるころマンションへたどり着いた。


最近、わたしの癖になったことが一つある。

わたしの部屋を見る前に、隣の部屋のベランダを見上げるの。


ちょうど先日、バイトでお疲れのわたしがクタクタの目で自分の部屋を見上げると、偶然にも、ベランダで一服中の和泉さんを見つけたの。


星のない夜空で、雲間にかくれて輝く一番星を見つけた時の幸福感。


安心感からか、気が緩んじゃって。思わず、無言のうちに手を振ってみたの。気づくかな?って、ちょっとした賭けでもあった。


するとどうだろう。和泉さんは秒でわたしに気づいてくれて、ゆるっとした仕草で手を振ってくれるので、わたしは大袈裟にぶんぶんと手を振った。もしもしっぽがあるのならば、しっぽも揺れていたのだろう。


調子に乗って両手で返してみるけど、和泉さんは返すのが面倒になったのか、煙草を吸うだけなので、ムキになっていた。おかげで、目の前に家はあるのに、帰るのが遅くなっちゃったという間抜けな事態。


もちろん、家に入ると同時にベランダに直行して『両手で手を振ってくださいよ!』とか、訳わかんない抗議をすると、『心雨、救助待ちの人みたいになってた』と、和泉さんは屈託のない笑顔を浮かべていた。失礼な。


わたしのSOSに応えてくれないと割に合わないって勝手に思っている。

今日も隣は真っ暗だ。どうやらわたしの方が帰宅が早いみたい。


金曜だし、飲み会とか?

飲み会ならまだいい。デートの可能性だってある。


……デート……


和泉さんの隣に居る" だれか "が脳裏に過ぎると、途端にバウムクーヘンの入った袋がずしりと重く感じ、ぎゅっと握りしめた。


別のこと考えよう。別のこと。


ぶんぶんと頭を振って、強制的に寸断させた。


……和泉さん、どんなデートするんだろ……


しかし悲しいかな。その強烈なワードを切り離せない。


女性を家に呼んでる感じじゃないし(あの夜を除く)、かと言って学生みたいに安っぽいデートもしないと思う。


和泉さんと一緒に、好きなバンドのフェスに行けたら楽しいだろうな。ドライブデートとかも似合う。和泉さんが運転するのなら、景色よりも和泉さんばかりを見て、『見すぎ』って怒られる未来が見える。


美味しいもの食べて、気になった場所に立ち寄って。

二人して家に帰るのが面倒になって、近場のホテルに泊まって、朝までふたりで抱き合って、一枚のシーツに包まって、和泉さんの香りがわたしに移っちゃったりして……。


……やめよう。つい先日、いかがわしい夢を見たことを激しく後悔したばかりじゃないの。


それに、デートの相手はわたしじゃないのだから。


……わたしじゃ、ない……

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