27話
ほんとうに星占いの効力はあるのか、事件の前触れと呼べる出来事が起きたのはその数時間後だった。
仕事終わりはいつだって、着飾っていたものを全て取り払い、わたしは" 蒼井心雨 "に戻る。
かるい打ち合わせを終え、大きめのバケハを被り、いつもの如く即時帰宅を決めていると「みーちゃん、いま帰り?」と。不躾に声をかけられてしまい、帰宅に躓く。
「お疲れ様です。どこからどう見ても帰宅途中ですね」
「んじゃあおニーサンと飲みに行こっか」
「ごめんなさい。行きません」
「残念。じゃ、俺も帰ろっと」
軽いタッチの常套句を軽く躱すと、歩き始めた。
彼の口元は黒いマスクで隠されている。見えているのは目だけなのに、よく出来た模造品のような笑顔を浮かべるこの人、
髪もセットされて、アクセサリーまで完璧な茅原さんの隣にいるのが、すっぴん風のメイクに地味な格好なわたしで申し訳ない。
何となく気まずくて、持っていた紙袋を背後に隠した。
すると茅原さんはずいっと前に来て、わたしを通せんぼするので、ぎくりと身構えてしまう。
「てかさ、気になったこと言ってもいい?」
「はいッ!?」
思わず声がひっくり返ってしまい「え、なに?」と、怪訝な目を向けられるので「なんでもないです!どうぞ!」と、遅れてやってきた平然を装う。
決して、茅原さんが苦手という訳では無い。ご自由にどうぞ、と差し入れで貰った人気店のバウムクーヘンを、和泉さんの分まで欲張ったのがバレて、咎められることを懸念しているのだ。
……だって、仕方ないでしょ?個人的に、バウムクーヘンは苦手派を貫いていたんだけど、このお店のバウムクーヘンはしっとりしているのに軽くって、とっても美味しいんだもん。
美味しいものを食べると人って幸せになるのだから、
「みーちゃんって絶対メイク落として帰るのが気になってて。もはや別人じゃん」
いつ、罪状を出されてしまうかと構えていれば、全然真逆の方からストレートの直球をいただいてしまい「はい?」と、眉根を寄せた。
「つか、そもそもメイク落としたり髪戻すその手間自体勿体なくない?やってんのみーちゃんくらいじゃんね」
あ〜……そっちですか。そっちですね、なるほど。
「オンオフはここで切り替えたいんです、それに」
すとんと肩を落とし、溜め込んだ言葉は意図して飲み込む。
「それに?」
思った通り、茅原さんは疑問を口にするから、「なんでもありません!言葉のあやです!」と、安堵もつかの間、数少ないアドリブを頭の引き出しから探し当てる。すると茅原さんは「そっかそっか」と、なんとも柔軟な相槌をくれた。
「大学生だし、この仕事鼻にかけてんのだとばかり思ってたわ」
「まさか。仕事は楽しいけれど、仕事として割り切ってます。大学では存在感がない、地味女で通ってますよ」
本音を告げると「は!?まじで!?」と、茅原さんは想像以上に目を丸くさせるから「まじです」と、頷いた。
「夏休みほぼバイトしてたから、この仕事継続するのかと思ってた」
「まさか!仕事は楽しいけれど、需要がいつ無くなるかわかりませんし、就活もそろそろ始めていくつもりです」
「消極的だな〜。みーちゃんはあれだ。始まる前から終わることを考えるタイプ」
終わること……
あっさりと、他人事のように告げられた言葉を噛み締めると、何も言葉が出なくなった。
「ってことで。家、どこ?送ってくよ」
……そう来たか。
茅原さんは誰とでも親身に接することが出来る、フレンドリーな性格が素敵で、かっこいい人だ。しかし見た目の良さを利用して、手癖がとても悪いことを重々承知している。
「秘密です。では、失礼します」
「残念。また今度な」
羽のように軽い社交辞令を終えて、正真正銘の帰路に着く。
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