26話

そうこうしているうちに終業のチャイムが鳴る。教授はというと、一足先に教壇から消えているので、遅れて筆記用具を仕舞う。出入口に設置されたボックスに出席カードを入れると、みはると共に階段教室を後にした。


『端的に分かりやすく作ってこそ広告だと気づきました』と書いたのだけど、教授にわたしの真意は気付かれないだろう。(と、思いたい)



「今日の日替わりなんだっけ。夏休み明けってルーティン忘れちゃうよね〜」


「ほんとだよね」



吹き抜けの階段にみはるの声が響く。大学の校舎は賑やかな場所と静かな場所が極端だと思う。


「あ、そうだそうだ。早速再来週あたりサークルの飲みあるらしいけどどうする?」


日替わりメニューは忘れても、飲み会の日時は忘れないみはるに「スケジュール確認して、連絡する」と、ワンクッションを置いた。


大学はただ講義を受けるだけの、なにも勉学だけの場所ではなくファッションの勉強にもなる。


同じように見えて小物にも拘っている人、服装はシンプルだけど足元は毎回派手な人、如何にも流行最先端の人、色んな人がいるから、わたしは毎日、それらをまぶたで切り取って自分の杓子定規の目盛りを伸ばしている。


飲みの席も好きだ。服装や恋の話題だけではなく、" いま "、" 生身の "声が直接聞けるのだ。それはいい事ばかりではなく、批判的や辛辣なものもあるけれど、貰える声は全てポジティブに取り入れるべきだと上司、というより育ての人に教わったので、行かないという手は無い。



「そもそも蒼井ってさ。三月の飲みに懲りて、飲み会には参加しないと思ってたけど、普通に参加してくれてみはは嬉しいわ〜」


訳ありなセリフに、首を傾げ「三月?」と、訊ねる。


なにも懲りるようなことは無かったはずなのに、みはるは続けた。


「ほら、三月に送迎会あったでしょ。蒼井、その時史上最強に潰れちゃって、べろべろに酔ってるのに男引っ掛けないんだから、ガードが硬い女が更に定着しちゃったのよ」


なんだそれは……。


いそいで記憶を巻き戻しても、悲しいかな、半年も前の事なのでどう足掻いても断片的にしか思い出されない。


三月、と言えば、バイトで超失敗したあの時のことだろうか。


どんな仕事が回ってきてもそつ無くこなせることに定評のあったわたしが、初めてあんな失敗をした。


縄跳びのタイミングが取れず、周囲から白い目を向けられた、あの苦い記憶が脳裏に過って身動きが取れなくなった。


痺れを切らした責任者が、代役を連れてきた。彼女はわたしが出来なかったことを難無くやり遂げた。


その子はわたしよりも、年下だった。


女の世界は年齢というこだわりを強く持ち、その中で戦わなくてはならない。


凹んではいられない。でも、今思い出しても、じくじくと熱を孕んだ傷口のように、刺さって抜けない記憶となっている。


その失敗を忘れようと、飲み会に参加した……ような気が。



ひとつだけ思い出せた記憶。どうやって帰ったか?そんなの分かるわけない。大量のアルコールに打ち勝つほどの帰巣本能が働いたのだろう。


しかしあの日は二日酔いもほとんどなく、とても気分が良い目覚めだったのはよく覚えている。


……なんでだったんだろ。半年前の記憶に訊ねても、もちろん返事はこない。



「覚えてない?」


「覚えてないです……」


「いい性格してるわ、蒼井は」


みはるの言い分だと、色々と迷惑を掛けたのかもしれない。と、半年前の記憶に、反省をする。

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