23話

「い、和泉さん?」


あまりの距離の近さに、がらくたな心はばくんと音を鳴らした。どうしてなのか、お腹のあたりが切なくなる。


「男、いた?」


鼓膜にじんわりと染み込む声に、ふるふると首を横に振る。今夜の和泉さんは、本当に和泉さんなの?と、疑ってしまうほど、変なことを聞いてくる。


わたし、朝から、ちゃんと言ったでしょう?

なあに?ヤキモチですか?


こんなことを言っても、即座に違うって反撃が待ち構えているに違いない。その後、一丁前に傷つく自分が目に見えるので、言わない。


「わたしの記憶だと、女3人、だったと……」


「にしては、煙草のにおい」


「二人とも喫煙者だから、においが移ったのかも」


「あー……心雨も合法的に飲酒と喫煙が許される年になったわけか」


「そうです。わたし、意外とお酒つよいですよ」


「だから、説得力ね」


「本当ですよ。今日も何杯飲んだかな」


「マウントとる意味ねえよ、おじょーちゃん」



あ、また、妹扱い。


反撃は別のところで待ち構えられていたので、素直に凹んでみる。何度凹んだかわからないハートは、可視化出来るのならば、ボコボコのガラクタになっているだろう。


和泉さんは変なところで過保護だ。


……でも、今日の和泉さんはそれにしたって変。


「和泉さん、なんか怒ってます?」


「心雨には怒ってるように見えるんだ」


「あ、もしかして、お仕事で嫌なことでもありました?わたし、聞きますよ!」


えへんと胸を張ると、和泉さんは「ふは」とようやく破顔した。胸をほっと撫で下ろすのもつかの間、破壊力のある笑顔にやられる。その笑顔も、好きです。


「お酒のつよい心雨ちゃんに、こんど、晩酌でもつきあって貰おうかな」


笑い終えた和泉さんは、YESともNOとも言わず、別の切り口で返す。正解だったかな?仕事のことは全く未経験なので、残念ながら理解してあげられないけれど、聞くことくらいはわたしにだってできる。


「合点承知之助です!……て、晩酌ってことは、お家で?」


「そういうこと」


ことん、和泉さんが半身をドアのほうに傾けた。

ニヒルな笑顔に、安堵した心はざわめく。



「俺の家でも良いけど……心雨の部屋、、にする?」



いつかの記憶と重なる言葉に、ざわざわ、先程、あわと共に喉を通過した苦さが蘇る。見つめることが困難で、咄嗟に俯いた。




「なあ、心雨」



和泉さんの声が落っこちる。やっと視線を縫い上げると、彼の色気のある瞳はまっすぐにわたしを見据えていた。吸い込まれそうなほど、引力のある瞳。口元の黒子は定位置にちょこんと鎮座しており、上がってもいない。




「なんでだまっていなくなったわけ」



そんなの、言えるわけない。言ったら、和泉さんはわたしを嫌うでしょう。妹みたいな女に、こんな感情を抱かれてるって知れば、今までと同じではいれないでしょう?


泣きたくなるほどの後悔を両手で握りしめた。爪がくい込んで、じわりと痛んだ。


わたしは精一杯の笑顔を乗せた。乗せなければ、涙がこぼれそうだったからだ。



「……失礼します、おやすみなさい」



ぺこりと頭を下げて、部屋に入った。" みう "と。大好きな人が名前を呼んだけれど、振り向けなかった。

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