22話

帰りは睡眠時間を考慮して、22時を過ぎたころにお開きとなった。これから二人はクラブへ行くらしい。


いつもポジティブでパワーに満ち溢れる友人がいると、自ずとエネルギーを貰えるって大学生になって気付いた。


それまでわたしは、家庭中心で生きていたから、自分は元より、周囲を見つめ直すことなんてしなかったからだ。


というわけで、今日も友人とアルコールに元気をもらって、鼻歌交じりの帰宅である。エレベーターの故障は無し。スムーズに自分の住む階へたどりついた。


今日も一日、ミッションコンプリー……


と。わたしは異変に気づく。気が緩んだ時にこそ事件は起きるというけれど、どうやら本当みたい。


夜風に乗って漂う微かな煙草の香りは間違いなく、お隣の玄関前にいるのは和泉さんだ。


今日は既に、朝に1和泉しているので、これで2和泉である。……あ、夢で一度会ったから、3和泉?それはそうと、突然の和泉さんである。



「和泉さんだあ。おかえりなさーい、ただいま〜」



例によって、ほかほか気分のわたしは、自分の部屋をスルーして和泉さんの元へ歩み寄った。


そういえば昔、実家でも玄関先で煙草吸ってたなあと、記憶と交錯させていれば、和泉さんは眉間に皺を寄せた。


「まだ家の中じゃないでしょうよ」


どうやら、ご機嫌なのはわたしだけらしい。和泉さんから、どことなく不機嫌オーラが漂っている。


「マンションに帰りついたんですよ?ただいまでおーけーですよ」


「きみね、先週自分で言ったこと覚えていないのかい」


「覚えてますよ?だいたいのことは」


「説得力ないね」


「そもそも、なんでここで煙草吸ってるんですか?ベランダの方がよろしいのではないでしょうか」


「会話しなよ。てか、飲み会の時は毎回この状態で帰ってんの?ひとりで?」


不機嫌を、不機嫌のまま伝える和泉さんに、きょとんと瞬きさせる。しかし、今のわたしはかなり心がひろくできているので、平気なのだ。



「そうですよ〜。バス停から近いって立地条件、最高ですよね。あ、そうだ。ハーゲンダッツ食べます?友達が奢ってくれて」


かさり、ビニール袋を翳すと同時、和泉さんの綺麗なご尊顔が近寄ってくるではないか。


『とりあえず一回、キスしなよ』


みはるの言葉が脳内でループして、おもわず、顎を引く。するとわたしの肩口あたりで和泉さんはストップした。


えええ!?何この距離!?


入浴前なのか、ワックスの香りがふわりと漂う。酔った脳内で" まずい "と警告灯が回る。


まずい、この香り、好き。グリーンアップルの香りがタバコの遺薫と絡まって、すごく官能的だ。


まずい、まずい、さらにくるくると警告灯が愉しそうに光る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る