6話‎𖤐落っこちて、

……うわ、わたし、死んだな。



失態に気づいた瞬間、最悪の想定が思考のすべてを占拠した。おかげさまで、酔いが醒めた。


踏み外した階段は、当たり前にすべり台にはなってくれない。


……ああ、死ぬ前に、お付き合いのひとつでもしてみたかった。


一人娘が恋愛経験ゼロのまま天に召されるなんて、ずっと昔、そちらへ旅立ったお母さんは、驚くことでしょう。


恋バナ、たーくさんしようね!って、約束したのに!なんで土産話のひとつも持ってこないの!?気が利かない娘ね!と、こんな風に叱るのだろう。


あれ?走馬灯って、思い出が見えるって勘違いしていたけれど、これのことかな。残念ながら、九死に一生という経験をしたことがないから分からない。



諦めて、まぶたを閉ざした。床を踏む音と、ジャラっとした金属の音が鼓膜を揺らす。と、同時に一気に片腕を強い力で引かれるのだから、反射的に目を開けた。


予想通りとならなかった未来と、目の前にあるTシャツ。金木犀の香りに混ざって、整髪材の香りが漂い、つかの間の安心感をあたえる。



「あっぶな……」



おそるおそる、真上にいるその人を覗き込めば、ビー玉みたいな瞳と出会う。


儚げな印象さえもたれる色素のうすさと、目尻に向かって優しく下げられた目元。彼が口元を緩めると、下くちびるの端っこに添えられたホクロも釣られて上がる。



「……い、ずみ……さん?」



名前を呼んだだけで、泣きたくなる。色素の薄い瞳と目が合えば、ことん、胸の奥で何かが楽しそうにはぜる。


──恋愛運、最強?



「久しぶり、心雨」




初恋が、隣に越してくるなんて。



ちょっと信じてみたくなったわたしもまた、愚かな女だろうか。

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