18話

「和泉さんは今から出勤、ですか?」


「うん。て言っても私服だからわかんないよな」


和泉さんはトレンドであるシックな色やスタイルを取り入れているのを見るに、やっぱり美容師ってオシャレだと認めざるを得ない。


今年の秋はチェック柄!と見出しで見かけるけれど、去年も一昨年もそうだったように、秋はチェック柄が大定番。


だったら、去年の秋物で良くない?と思うでしょう?それは、No。色味やチェック柄の幅が違うのだ。


秋はファッション業界にとって、とても繊細な季節と言える。やがて訪れる冬への慰めのように、儚くもあたたかい金木犀の香りと同じで、瞬きのように過ぎ去る季節だからだ。



「美容師さんって、出勤わりと遅いんですか?」


「店によるんじゃないかな。うちは10時オープンだから、9時とか9時半入りかな」


「そうなんですね……朝が遅いっていいなあ……」


「心雨はそろそろ就活始まる?」


「始まってます。でも、いざ就職となると、やりたいことが分からないもので、はじめの一歩が踏み出せないです」


「蒼井たちも同じこと悩んでたわ。まあ、心雨らしくやればいいんじゃない」


わたしらしさ、かあ。


和泉さんの言葉を反芻させると、いつかの記憶がなぞる。


あれは、今の仕事で上手く立ち回れずに悩んでいた時に、上司と言える人から貰った言葉だ。



" 笑顔を太陽に例えるひとは多いけれど、心雨の笑顔はその名の通り、どちらかというと雨ね "



わたしのバイト先は少し特殊な職種だ。しかし、それにしたって到底ポジティブな言葉には思えなくて、問いただした。真意を汲み取ることもせず、可愛くないわたしは、どういう意味ですか、と、ツンケンして。



" 日照りで疲れた心を癒す、恵の雨。干からびた日でも、心雨の笑顔を見ると穏やかな気持ちになれるってとても素敵なことよ。難しく考えなくていいの。ありのままであるのが、一番よ "



意表をつく言葉だった。なるほど審美眼を持ち合わせている人だ。その人は、わたしが思っている以上にわたしのことをみてくれていた。


まだ、自分らしさは分からないし、掴めもしない。


融通がきかないわたしも、ずっと片想いを続けているわたしも、大縄跳びが苦手なわたしも、人知れず今のバイトをしているわたしも、今のままでいいと受け取ってから、少しだけ、息がしやすくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る