17話𖤐
鼓動がスピードを早める。どうやら、緩める手はないようだ。五回程度の瞬きのあいだに、最悪の想定が頭の中を占拠する。
どうしよう、どうしよう。百歩譲って、寝言がお隣にまで聞こえていたって言うの!?そんなに壁が薄かったなんて初めて知ったよ!マスクして寝たら良い?それとも、えーっと、全然思いつかない!
そりゃそうだ。目の前には漫画の世界から飛び出した王子様のような人がいるのだ。今日もお美しいです。先日、男性に綺麗は褒め言葉ではない論争があったので、こちらも心の中で言うにとどめる。
王子様のような彼は、見ているこちらが清涼感を覚えるほど爽やかである。
だからこそ、目の前に存在しているのに、現実味を感じさせない。夢の続きをみているようなそんな心地だ。じょうずに考えられないに決まってる!
あれこれと考えても、結局謝罪が一番正解に近いだろう。
「ご、ごめんなさい!」
変な夢に出演させてしまい、申し訳ない!は本人を前にするともちろん言えない。というよりも、お互いのために言わない方がいい。
すると和泉さんは「え?なにが?」と真面目に無垢な瞳である。直後に髪の毛を撫でられる感触が落ちてきて、こちらも同じようにきょとんとする。
「寝ぐせ、付いてたけど。そんなに慌ててたの?お嬢さん」
ね、ねねね、寝ぐせ……!!
酔っ払い、部屋着、それから寝癖。
和泉さんが隣に越して来た途端に、女として見られたくない部分ほとんどを見られた気がする。綺麗な人やオシャレな人、可愛くなったばかりの女性を見慣れている和泉さんなのに、これは有るまじき失態だ。
寝相の悪さと寝顔だけはなんとしても死守しなければ。すっぴんは、中学生からの付き合いなので、べつに平気です。
「そうなんですね、ありがとうございます」
「うん。で、なあんで急に謝ったの?」
検問を通過させてくれると思い込んでいれば、年上のおにいさんはどうやら見逃してくれないらしい。
しかし心配ご無用。起床後二時間のゴールデンタイムなので、おかげさまで秋晴れのように冴え渡っている。
「朝の星座占いで、今日は謝罪が吉と出ましたので、練習にと!」
訂正。ちょっと、濁っていたかもしれない。
「なんだよそれ。練習台ってわけですか」
「隣人兼、実験台ってことでお願いします」
しかし、口からでまかせでも和泉さんは納得してくれたらしく、無事、やってきたエレベーターに乗るというミッションをクリアした。一安心だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます