14話𖤐和泉さんの彼女?
──四歳年上のお兄ちゃんたちは、わりと短いスパンで彼女を変えていて、和泉さんも漏れなくそのうちの1人だった。
というか、わたしがこの考えを曲げることができない原因は、お兄ちゃんたちのせいもあると思う。
高校生のとき、一度、お兄ちゃんたちの恋バナと思しき会話を立ち聞きしたことがある。
『慣れてないと、女ってめんどくさいよな』
宅飲み中の会話だったので、わたしが思う恋バナとはベクトルが違い、心底ウンザリしたのだ。
『慣れてる子だと、楽なとこあるっしょ』
『超可愛い子だったらなお良し。つかおまえこないだ、サークルのミホちゃん家に泊まったって言ってたろ』
『ああ、うん。それがミホちゃん、遊んでそうだと思うじゃん。ハジメテだったわけよ』
『まじかよ!』
ハジメテ、というワードに盛り上がる会話。もちろん、いい意味ではないだろう。
我が兄たちながら、クズいなあ……と思いつつ、聞き耳を立てるわたしもわたしだ。
『つか、もはや付き合うこと自体がめんどい』
『あー、だったら、和泉もソウイウ感じだよな?』
ぴくりと反応する鼓膜。実はわたし、お兄ちゃんたちの話題ではなく、和泉さんの話が聞きたくてこっそり聞いていたのだ。
和泉さんの好みを知る、イコール、和泉さんの好みに近づけるという、乙女の純粋な欲望だ。
『……仕事忙しいし、俺、しばらく彼女はいらない』
しかし、どうやら和泉さんは恋愛というものに積極的ではないらしい。
高校生のころは、彼女と電話しているところを見かけていたけれど、いまは違うの?
……なんで彼女、いらなくなったんだろ。草食系男子っていうのかな?
彼女いらないっていうスタイルの人を、どうすれば彼女欲しい!に変えることが出来るんだろ……。
『心雨はこんなのに引っかかっちゃダメだからな!?』
たったの数分で、しっかりと考えを張り巡らせていると聞きなれたお兄ちゃんの声が鼓膜の内側にこびりつくので『わかってます』と、だけ、頷いた。
和泉さんと目が合っても、気付かないふりをして、頭のなかでは、自分の" 夢 "を叶えるための、壮大な和泉さん攻略計画を練り始めたのだ。
あの頃の和泉さんは、仕事を理由に彼女を作っていなかったけれど、いまはどうだろう。
「お仕事、順調ですか?」
「まあ、ふつうに順調」
ふつうに、順調。日本語という言語が、二語で彼女の有無がわかる仕組みであって欲しかった……!!
それは無理なので、探りを入れる作戦に変更だ。
「和泉さんのお店のお客さんは男の人が多いですか」
「んー……七割女性かな。ネイルサロンも併設してるから、尚更」
「そっか……じゃあ、スタッフさんも女性が多いですね」
「多いな」
ほとんど女性……か。
美人な人が多いんだろうなあ……。
確認しに行きたいけれど、和泉さんの職場ってどこだろう。わたしのアンサーを、おそらくお兄ちゃんは持っている。しかし、本能の赴くままに聞けばなんで攻撃が待ち構えているだろう。
うーん……バイト先で聞けば分かるかなあ……。
「俺の名刺、いる?」
考えあぐねていれば、聞きすぎたことが功を奏したので「ください!!」と、間髪を入れずに頷く。
ベランダ越しに渡されたオシャレな名刺には" Ciel "と店名が書かれており、中央に" スタイリスト・和泉藍 "と、大好きな人の名前が鎮座している。
漏れなくわたしの宝物入りしたその名刺を眺めるあいだに、和泉さんの煙草の匂いは消えていた。
「和泉さんに指名が入ったら、お給料がプラスされたりするんですか?」
「まあ、そうだな」
「だったら、友達がいる地元で美容師したほうが、指名料はたくさん入るんじゃないですか?」
「俺に、情で仕事しろって?」
和泉さんの口角がニヒルに上がるのを見て、じぶんの犯した間違いに気づく。
有名進学校に通って、周囲が大学進学を選ぶ中、専門学校へ進学した人だ。人一倍、仕事に誇りを持っているのだろう。
「理解が及んでいませんでした。失礼しました」
和泉さんの流儀を理解し謝罪すると、和泉さんの手が伸びるので、びくりと肩を揺らした。身構えていたっていうのに、こつん、おどろくほど小さく弾かれたおでこ。
驚くまもなく目を開けば、和泉さんは極上の笑みを浮かべているので、別の意味で鼓動が高鳴るのは当たり前だった。
「晩メシ、何食べたの?」
突然変わった話題に「え?」と素直に聞き返してみる。今日は昨日の残りのロールキャベツをチンして食べたくらいで、特に手の凝んだものじゃあない。
「今夜は昨日の残り物です。……なんでですか?」
「まだメシ食ってないから、腹減ったな〜と思って」
「腹減ったな〜で、なんでわたしに聞くんですか」
「余り物があれば、お優しい心雨さまが恵んでくれるかと思って?昔、よく晩メシ食べさせてくれたじゃん」
「すっごく図々しいですね」
「せっかくお隣さんが心雨だし、甘えてもいいじゃん」
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