4話‎𖤐忘れられないファーストラブ



「蒼井ィ〜。二次会、どーする?」



間延びした声と共に、背後から抱きつかれて上体がよろめいた。あぶない。夜の街はどこに泥酔した人が転がっているか分からないので、困る。しかし、酔っ払いに抗議は犬に論語だ。


「いこうよ〜。ねえ、いこうよ〜」


みはるのとろけた声が鼓膜にこびりつく。

行きたい気も、あるけれど。


「明日のバイトが早いから帰ります。またね」


理性が打ち勝ってしまうから、わたしはやっぱり頭がかたいのかもしれない。「まじめちゃんかよ!」と、みはるは聖なる肩パンを打ち込む。普通に痛い。



「蒼井ちゃん、ばいばーい」


「失礼します」



居酒屋を出てすぐのバス停まで送って貰うと、二次会に向かう友人たちに手を振った。ネオンの中に消えていく彼女たちを、バスの中から見送る。



「れんあい、かあ」



酔った勢いで、独白を零す。


恋愛するきっかけはあったのに、ステップが踏めない。みんなを羨むだけ。足踏みするばかりで、次を考えるとちくりと心臓が痛む。


お母さんを早くに亡くして以来、ずーっとお母さんの代わりをしていたから、結局恋愛なんかする暇なかったもんなあ。


一度だけ、恋に落ちたひとは、わたしを女として見てくれないし……。


コトンとバスの窓に額をつけ、ゆったりと流れる景色を見遣る。知らない街は、染み付いた街並み。変わらずに満ちては欠けるお月様は、糸みたいな細さの三日月だった。空にも笑われているみたいで、なんだか、悲しい。


恋なんてぜいたくなものは、どこかの誰かが、違う世界で育んでいるものだと心得ている。


じゃあ、参加しなければいいって?


やっぱり、心のどこかで憧れているから、参加しちゃうんだよなあ。


恋愛不信なのにこの恋愛願望の高さはややこしい。


我ながら面倒な思考を持っているなあ。


──そういえば、誰かが言ってた。




『心雨、おまえ思ってたよりめんどくさいね』




微かな振動とともに、トン、といつかの言葉が後頭部に再生された。


誰か、ではなく、彼だからこそ、こころの隙間に挟まって、取れない記憶だ。



恋愛、それなりに興味がある感情。

恋愛、それよりも踏み込むのが怖い感情。



「……いずみさん、いまごろ、なにしてるんだろ。」



おセンチなこころを窓の外に向かって零しても、誰も答えてくれない。


最寄りのバス停で降りて、徒歩5分程度。築浅なのにお値段もお手頃。さらにはご近所トラブルも少ない、平和で自慢のマンションにたどり着いた。

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