第96話

——私は、昔のことを思い出していた。




実家に引きこもっていた私に一度だけ、姉がお菓子をくれたことがある。学校の調理実習で作ったという、少し歪で可愛らしい、猫の形をしたチョコクッキーだった。




私はすごく、すごく嬉しくて、しばらくそのクッキーを食べることができなくて。姉に腐るよと言われて慌てて食べたけど、ほんのり甘くて美味しかった。




お菓子を好きになったきっかけは、姉のくれたあのクッキーだったのかもしれない。

 


 



「モネ?」

 


 


気づかないうちに、お菓子を作る手が止まっていたらしい。新が心配そうに私の顔を覗き込んでくる。


 


 

「混ぜるの疲れちゃった?」


「ううん……お姉ちゃんのこと、考えてた」



 


言うつもりなんてなかったのに、油断してしまった。最近は涙腺がダメなんだから、気をつけないといけなかったのに。



奥歯を噛み締めて嗚咽を堪えていると、首より少し下に腕がまわされる。





背後から背中を覆うようにして私を抱きしめた新。拘束された身体は思うように動かせない。逃れることはできそうもないし、逃げる気力も湧いてこなくて。

 


ただ、この腕の中に囚われたまま、深いところで眠りたかった。

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