第92話

「え?ええ?モネさん?なんで泣いてるんですか?」


 



突然泣き出した私を見て文香は心底びっくりしていた。ハンカチを私の目元に当ててくれたけど、涙はぽろぽろとこぼれ落ちていく。私はテーブルの上にある文香の手をぎゅっと握りしめた。

 




「だって……だって、分かるもん。うまくやれない自分が心底嫌いで、その悔しさにひとりで押し潰されて……すごく、苦しくて……」


「〜〜もう!モネさんが泣くから、私も泣けてきちゃったじゃないですかあ……!」





それから二人でわあわあ泣いてしまった。その間、私たちの手はつながったままで、ちょっと手汗が気になったけど、不思議と離したいとは思わなかった。




 

「あー、久々にこんなに泣きました……で、なんの話でしたっけ」


「どうして仲居さんになったのかって話!」

 

「ああ、そうでした。旅館を経営している叔母から、仲居として働いてみないかと誘ってくれたんですよ。人に失望されることが怖くて、周りを頼ることに苦手意識があったので、いっそのこと誰かに頼らないとやっていけない環境で働いてみるのもアリだなと」


「ふーん……文香は、仲居さんになってよかったとおもう?」


「はい。看護師の知識が生かせる時もありますし、元々旅館が好きだったのでとても楽しいです。勇気を出してよかったと思います」





文香はどこか憑き物が落ちた様な表情だった。私も少し嬉しくなる。傷がぜんぶ癒えたわけではないだろうけど、やっぱり、いつもの面白い文香が好きだなあと思う。

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