第91話
文香はふう、と深く息を吐き出してから、意を決したように口を開いた。
「……適応障害って診断されまして。それで、前の職場では働けなくなりました」
「てきおうしょうがい?」
「はい。うつ病の軽いバージョン、みたいなものでしょうか」
「その……原因はわかってるの?」
「原因はたぶん、私の完璧主義な性格のせいですね。職場の人間関係がうまくいかなかったぐらいで、仕事から逃げ出すなんてあり得ないと思ってましたから。この人たちとうまくやれない自分が悪い。だからしょうがないと、割り切ったつもりでいました」
溢れそうになったものをこらえるように、文香の眉間にグッと皺が寄る。
「……でも、本当は違うんです。しょうがないで片付けられたくなんかないでしょう、誰だって。本当は、こんなの理不尽だって、嫌だって、大声で叫んでやりたかったですよ」
具体的なことは分からない。それは些細ないざこざだったかもしれないし、ひどいいじめを受けていたのかもしれない。
それでも、胸が締め付けられた。文香の気持ちが痛いほど分かってしまった。悪いのは自分だからと耐えて、とにかく耐えていた日々を、私も知ってるから。
「結局、体のほうが先に限界が来て気づきました。私、全然割り切れてなんかいなかった、ちゃんと傷ついてたんだなって。それで逃げるように前職を退職しました」
――ああ、もう、無理だ。
薄暗い病院の廊下でひとり、ぽつんと立っている文香の姿が想像できてしまった。ひとりじゃないよって、駆け寄って抱きしめたい。抱きしめられたら、よかったのに。
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