第90話

「文香はどうして仲居さんになろうと思ったの?きっかけはなに?」

 




お昼ごはん後のまったりタイム。新が蔵の奥へと消えたのを見計らって、文香に前のめりで質問してみた。



 


「また唐突ですね……」


「仕事をしたいから、参考にしようと思って」


「えっ、この家から出て行くつもりなんですか?新さん、発狂しません?」


「ううん。まずは家でできることにするつもり」


「ああよかった。闇落ちした新さんもちょっと見てみたい気もしますが……」





文香はたまによくわからないことを言うので、いつも通り聞こえなかったことにする。

 



……そういえば、文香は仲居見習いなんだっけ。





三日に一度来るんじゃなかったの?と聞いたとき、「あれは売り言葉に買い言葉的なアレです、転職したばかりなので無理ですね忘れてください」と早口で言われたことがある。




転職ってことは、前は別の仕事をしてたんだ。

 




「文香、前はなんの仕事してたの?」


「看護師でした。それなりにやりがいを持って働いてましたよ」


「でも、やめちゃったんだ」





文香はカフェオレボウルの側面を、指でするすると撫でた。心なしかその表情は少し暗い。

 




「……退職理由も聞きたいですか?あまり面白くない話なのですが」


「無理に話さなくてもいいけど……」


「いえ。誰かに話を聞いてもらいたいなと思っていたので。これもいい機会かもしれません」

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