第8話死刑のない未来
未来、人道的な理由から、地球上から死刑制度が全廃されていた。
彼は、真空の宇宙と独房を隔てる分厚い窓ガラス越しに見える星空に向かって願い事をつぶやいていた。
「俺を殺してくれ、もう殺してくれ、退屈で気が狂いそうだ、頼む、誰か殺してくれ」
彼は、宇宙飛行士でもないのに、もう何年も無重力状態の堅牢な独房の中で、ほとんど変化のない時を過ぎしていた。運動は一定時間だけ、独房のドアが開き、遠心力で重力のある外の通路をランニングできるだけだった。彼以外の収監者は、まだこの衛星軌道上の刑務所にはいなくて彼には話し相手もいなかった。すべて地上から管理され、看守さえもいない。食料や水、新鮮な空気などは完全自動操縦の輸送船が定期的に打ち上げられて、自動でドッキングし、物資を運んでくる。囚人の彼にすることはなにもない。オートメーション化された宇宙刑務所の管理コンピュータが宇宙食を彼の独房に自動的に配給する。
どこかにひもをかけて首を吊ることもできない。超小型の監視カメラが24時間体制で彼の行動を監視し、おかしな行動を起こせば、監視カメラに同調した麻酔銃が彼の動きを止められるように狙っていた。実際、あまりの退屈さに嫌気がさして、強引に窓を壊して真空の宇宙に飛び出そうと無謀にも暴れてみたことがあるが、麻酔銃で眠らされ、気がつくと丸一日眠らされていたこともあった。丸一日寝るとさすがに頭が冷えて暴れる気力もなくなる。
彼は捕まる前に何人もの人間を爆破テロで殺していた。女子供も関係なく、人種の差もなく死なせた。だから、懲役百年以上の実刑になった。死刑制度が残っていたら、問答無用で極刑の死刑だったろうが、死刑はもうない。
だが、近年の犯罪増加でどこの国も刑務所も独房の数が不足気味だったので、彼ほどの凶悪な犯罪者を収監できる刑務所が見当たらなくて、また、テロ集団から、彼は英雄視されていて、下手な刑務所では、彼を脱獄させられてしまう可能性があった。
そこで脱獄の難しい人類史上初の衛星軌道上の刑務所が作られることになった。
いまのところ収監されている犯罪者はテストケースの彼ひとりだけだったが、将来的には宇宙刑務所として独房ブロックを増やし、囚人のための作業場や運動スペースなども増築し、犯罪者をもっと宇宙に送り出す計画になっていた。
空調が効いていて、熱くも寒くもない。地上とは違って、空気は完ぺきに管理されて綺麗で無菌で、風邪等の心配もない。自動的に配給される宇宙食も栄養価を配慮され味も悪くなかった。だが、天気の変化もなく、話し相手もいない閉鎖空間である。何もすることがなく、刑務所が舞台の映画にありがちな囚人同士のいざこざとか、看守からの暴行もなく、外の景色もいつも星空で一切変化はなく、太陽の光が差し込むか差し込まないか程度の変化しか起きない。
死刑がなくなった以上、彼は、この宇宙の牢獄で自然死するまで暮らさなければならない。
宇宙食は健康のバランスを十分に考慮され、睡眠時間もたっぷりとれ、病気やケガ等で寿命を縮める可能性もなさそうだ。となれば、このゆりかご的な空間でおとなしく老衰を待つしかない。
退屈で死にたくなっても、彼はこの閉鎖空間で人道的に生かされ続けるしかないのだ。
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