第7話悪魔の奇跡

テレビでは連日、俺が巻き込まれた飛行機事故のニュースをやっていた。事故原因や、助かった乗客が俺一人だけで、それがいかに奇跡的だったかを、専門家の先生方がああだこうだと言っていた。確かに俺は奇跡的にかすり傷程度で、精密検査でも異常はなく、即退院できる状態だったが、奇跡的に助かった俺を取材しようとマスコミが病院の外で待ち構えていた。どこでメアドや携帯番号を入手したのか、俺の携帯の留守電メッセージやメールには、マスコミの取材メッセージが嫌というほど届いていた。マスコミ連中は、俺が取材に応じないと、罵声のようなメッセージで、取材に応じる義務があるというようなことを言っていた。

知るか。

俺は、家族とだけ面会し、マスコミを警戒して、病院に頼んで入院を続けていた。

家族に持って来てもらったノートパソコンで、ネットにつなげて、事故のことを調べた。俺は夏の長期休暇を利用して、ちょいと国内旅行をするつもりで飛行機に乗った。夏季休暇の時期だったので飛行機の乗客は満席で、当然ながら犠牲者も多く、俺に取材できないからと、マスコミは、犠牲者の中に、新婚夫婦や、妊婦を見つけると、その遺族に取材を行っているようで、また、死亡した飛行機のパイロットの当日の様子まで調べ上げて、ああだこうだと騒いでいた。ネットのひどい記事になると一人助かった俺が怪しいと生存者テロリスト説を妄想する記事も見つけた。大した怪我がないのに、いつまでも入院しているのは怪しいと、ひどいものだった。

俺も他の乗客と一緒に死んでいれば良かったと思うことも、少なくない。

「大分、お疲れのようですね。せっかく、あんな大事故から、奇跡的に助かったというのに」

ふと回診らしい白衣の先生が俺のベットに近づいてきた。

「そりゃ、せっかく助かっても、これだけ騒がれたらね」

「そうですか。やはり、お助けして良かった。その疲労の表情、いいですね」

「なにが、いいもんか。ん? あんた誰だ?」

いつもの先生ではない。白衣を着てはいるが、見覚えのない男だった。

「これは自己紹介が遅れました、あなたをお助けした悪魔ですよ」

「悪魔? なにを言って」

「本当なら誰も助からないはずだったのですが、それではちょっとつまらないと思い一人だけお助けしたのです」

「は?」

「一人だけ奇跡的に助かれば、きっとマスコミが勝手に騒ぐと思いまして」

「な、なんだと。あんたが仕組んだと言いたいのか?」

「お疑いになるのでしたら、この騒ぎを鎮めてみせましょうか」

「なに、できるのか」

「簡単なことです、悲劇に悲劇を上書きすればよいのです」

そう言って、男はふっと消えた。

そして、同じ時刻に、たくさんの幼稚園児を乗せた送迎バスがひどい玉突き事故に巻き込まれ多くの園児が犠牲になると、テレビの報道は、なぜ、そんな玉突き事故が起きたのか、犠牲になった子供の両親への取材や子供たちの葬式に乗り込むので忙しくなり、飛行機事故の奇跡的な生存者のことなんか、すぐに忘れさられた。


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