第86話

カウンター席の近くにあるテーブル席。


私の席の斜めにあるそこから聞こえてきた会話。




「もう終わったことだし、別に謝らなくていい」




芹沢くんと、誰…?



また盗み聞きしてしまう罪悪感よりも誰と話しているのか気になってしまう。


頼んだものが来るまでスマホを触って時間を潰そうとしたのにその手すら止まる。



顔をゆっくり動かして声の方を見ると、幸い芹沢くんの後頭部が見えて私の方には向いてなかった。




「でも私が芹沢くんを傷つけたのは事実だし。本当にごめんなさい」


「いいよ。俺も宮坂のこと本気で好きじゃなかったから」




泣きそうな女の子の声といつにも増して低い芹沢くんの声。


あそこだけ爽やかな店内で重たい空気が漂っている。




「芹沢くんに彼氏になって貰えれば自分自身が助かるって思ったの。後になって自分勝手だって気づいた。振り回して、傷つけた。ごめんなさい」




この人が、芹沢くんが言ってた彼女になりそうだった相手。




「もう帰るね、今日は来てくれてありがとう」




ガタッと立ち上がった音がして手で涙を拭いながらお店を出て行く姿を目で追った。

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