04
大学生活が始まった。しばらくはオリエンテーションということで、履修登録の仕方や施設の利用方法の説明があった。
一番楽しかったのは図書館見学だ。本当は三年生以降しか入れないらしいが、オリエンテーション時は特別ということで、地下の書庫も見せてもらった。
その時に
「えっと……朔くんって呼んでいい?」
「おう、いいよ、瞬くん」
瞬くんは、染めたばかりなのだろう、綺麗な茶髪をしていて、くりくりとした目の、なかなか可愛らしい顔立ちをしていた。
食堂はセルフサービス式。食券を買い、トレイを持って並ぶ。その時に知ったのは、瞬くんが一人暮らしをしているということだった。
俺はラーメンを、瞬くんはうどんを食べながら、読書談義に花を咲かせた。読んだことのある作家がけっこうかぶっていた。
特に友人付き合いに力を入れなくてもいいか、と思っていたのだが、瞬くんは話していて感じもいいし、俺は自分から連絡先の交換を持ちかけた。
「……へぇ。瞬くんバイトするのかぁ」
「うん。履歴書は作ったんだ」
瞬くんはファミレスのバイトをするつもりらしい。俺と兄が引っ越し初日に夕飯に選んだところだ。
「俺も何か探そうかな。サークルとか入る気ないし」
「そういえば、サークルの勧誘凄いよね。僕、こわくなっちゃった」
もう私服なのに、なぜか新入生だとバレるらしい。大学内を移動しようとするとビラ配りの上級生たちに捕まりそうになるのだ。
瞬くんとは食堂を出て別れた。俺の家は正門側、瞬くんの家は裏門側だったのだ。早歩きで正門を出て、コンビニに寄り、バイト情報誌を取って帰った。
「ただいま……」
リビングに行くと、ダイニングテーブルの上に卵ボーロが置いてあった。四パック連なったやつ。懐かしいが、なぜ兄はこんな物を買ってきたのだろうか。兄が自分の部屋から出てきた。
「おかえり朔。それ、買っといたよ」
「えっ……俺の?」
「朔、好きでしょ?」
「いつの話だよ。今は別に好きじゃないよ」
「そうだっけ……そうだよな。ごめんごめん」
あまりにも兄がしょぼくれた顔をしていたので、俺は一つだけ切り離した。
「一袋くらい食べるよ」
そして、自分の部屋に持っていき、バイト情報誌を見ながら卵ボーロを口に放り投げた。ふわりと甘い。確かに小さい頃は好きだった。
卵ボーロを食べきると、口の中がパサパサだ。麦茶を飲みにキッチンに行った。冷蔵庫の中には野菜がゴロゴロと入っていたので、俺は兄の部屋の扉をノックした。
「望、何か料理する気?」
少しして、兄が扉を開けた。
「うん。その、カレー作ろうと思って」
「心配だなぁ……俺も手伝う」
やっぱり俺も一緒にやってよかった。俺だって慣れてはいないのだが、兄の包丁さばきは実に危なっかしいもので、指を切らないかどうかヒヤヒヤした。途中で何度かストップと声をかけた。
そして、兄が用意していたカレールーが甘口だったので、俺はため息をついてしまった。
「辛いの食べられるってば。中華食べたじゃん」
「あれ? そうだよね。なんで僕、甘口買ってきたんだっけ……」
またしてもガキ扱い。しかし、わざとだとは思えない。兄はそんなからかいをするような性格ではないはずだ。
なら、なぜ?
兄は、もしかして……天然だったのだろうか。
甘ったるいカレー。それでも、兄弟二人で協力して作ったせいか美味しく感じた。
「そうだ。望、俺土日だけでもバイトするよ。自由なお金欲しい。でも、これといったところがなくてさ」
「あっ、そうだ。この前のお弁当屋さん。貼り紙してあって、バイト募集してたよ」
「あそこか……アリかも」
食後は喫煙の習慣がついている兄を放っておき、俺が後片付けをした。そして、風呂に入り、ベッドの上で小説の続きを読み、集中力が切れたので電気を消して寝たのだが。
夜中にふっと目が覚めた。
聞こえてきたのは、チープな電子音。曲だ。これは……むすんでひらいて。外? それにしては近い。隣から聞こえる。俺はベッドを飛び出して、兄の部屋の扉を勝手に開けた。
「望?」
音がピタリと止まった。兄はベッドの上でよく寝ていた。悪いと思いつつ、兄の部屋をあさるが、音の出どころらしきものはない。俺の記憶が確かなら。あれは、音楽が鳴る絵本の音のはずなのだ。
「ねぇ、望、望ったら」
俺は兄を揺さぶった。
「ううーん……どうしたの、朔ぅ……」
「音の鳴る絵本持ってる? 曲鳴ってたんだけど!」
「ええ? 持ってないよそんなの……」
「じゃあスマホで何か聴いてた?」
「音楽は聴かないよ……」
おかしい。絶対におかしい。
「望……一緒に寝ていい?」
「ん? まあ、いいけど……」
兄がベッドに隙間を作ってくれたので、そこにすべりこんだ。自分の図体がデカいせいで狭苦しいがそんなことは言っていられない。兄にしがみついて夜を過ごした。
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