第5話 真夜中、いつものゲームセンターで

 新幹線を降りた後、豪雨で真っ暗な夜空の中、街灯の明かりとそれに反射する雨粒だけを頼りに歩いていく。


 足を踏み入れた先は、24時間営業のゲームセンター。私の御用達の店でもある。

 もうここで徹夜でゲームして、ぶっ倒れてすべてのことを忘れてしまおう。もう、音ゲーと共に朽ち果ててしまおう。



 もう時刻は二十三時を過ぎている、こんな時間までいるのはよっぽどのコアなゲーマーのみだ。当然そんな人でも毎日こんな時間まで通うわけではない。なので夜遅くのゲームセンターというのは一人の時間に耽る絶好の場所でもある。


 そう思って建物の自動ドアをくぐり、音ゲーコーナーへと足を運んだのだが、今日はどうやら先客がいたようだ。

 足を肩幅に開いてゲーム機の前に立っているその人の後ろ姿からは、ゲーム慣れを感じさせる。それを裏付けるように、プレイしている曲はどれも難しめだ。しかも、安定して『Full Combo! 』の表示を安定させている。

 私に劣るとしても十分上手な腕前に、つい見とれてしまった。


 私に気がついたのか、その人はいきなり振り返ってこっちを見てきた。


「おっ、MAKIじゃん」


 暗くて気が付かなかったが、その人はよく知った人だった。


「SKYさんでしたか。こんばんは」

「今日はMAKIもゲームかぁ。タイミング被っちゃったな」

「ははは……今日は辛いことがあったんで、もう全部忘れようとですね……」

「分かるわ。俺も丁度そんな感じ。なぁMAKI、一緒に話さないか? もちろん、ゲームしながらさ」


 その言葉に甘えて、私はSKYさんの隣に立った。



 多くの曲名が並ぶ選曲画面を、SKYさんがスクロールしていく。


「まぁ言い出しっぺの俺からだな。ちょっとというか結構、仕事の方で嫌なことがあってさぁ」


 音楽ゲーマーはそのほとんどが社会人。スポンサードプロの制度も存在しないため、動画投稿で稼いでいるごくごく一部の人以外は、日中は働いているのだ。


「それでさ、言われたのよ。『ゲームしか能のない無能』ってさ。もう、音ゲーやめようかなって」


 その言葉を聞いたとき、先ほどの背中を思い出す。


「それはいけません! SKYさんはゲームの腕前もそうですが、私の唯一のライバルです。そう簡単に引退されては困ります」


 そして、言葉はすでに出ていた。


「冗談だ。俺はこのゲームに誇りを持っている。誰がなんと言おうと、俺は続ける。そのためにも、嫌なことはパーっと忘れたいんだ」

「そうでしたか。……良かったです」

「それはそうとだ。MAKIの唯一のライバルかぁ、実力は遠く及ばないのにそう言ってもらえて嬉しいよ」


 それはその……心を許しあえる仲間とかそういう感じの意味なんですけど……というのは、ちょっと黙っておく。


「聞いてくれてありがとな、MAKI。次は俺が聞く番だな」



 ゲーム画面の方は曲が始まったところだ。


「JMGFの決勝の後ちょっと言ってたヤツか?」

「そうです」


 かくかくしかじか……


「私たち二人って、同じ時期にここに通いはじめるようになったじゃないですか」

「そうだな」

「あの頃はまだ小学生で世間知らずなのに『このゲームに一生を捧ぐ』とか決めて、やめるチャンスもあったのに、それを貫いて生きてきて……」

「……そうか。それは大変だったな」


 SKYさんが言葉から察してくれる、それ自体がもう嬉しい。


「そうなんですよ……もう、私の全部を否定された気になって……」


 ボタンのバネも普段より重く感じる。


「大丈夫じゃないか?」

「そう、なんでしょうか……」

「MAKIの実力は全国に知れ渡っている。そんな一流プレイヤーが何かしようとしているんだから、応援する人なんて山のようにいるだろ。もっとも、一番MAKIのことをよく知っているのは俺だがな」


 その瞬間、曲がサビに差し掛かり、手が忙しくなってきた。


「MAKIなら大丈夫、一度くらいで挫けないことも知っている。味方だって沢山いるんだ。大丈夫に決まってるだろ!」


 気が付けば、軽い力でボタンが押せるようになっていた。


「……そう、なんですね……ありがとう、ございます!」



 曲が終わり、画面を見ると二人そろって『All Perfect! 』の表示が。


「なんだか気が晴れました。SKYさん、ありがとうございました」

「元気になったようで何よりだよ」

「気が晴れちゃったんで、お先に帰らせてもらいますね」

「わかったよ。俺はもう少しゲームしてから帰るから」


「それでは、失礼しまーす」

「おつかれー。応援してるぞ、MAKI!」

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